最近の子どもはスマホを持つのが当たり前らしい。
娘の学校でも、位置情報が共有できる「見守りアプリ」の使用が推奨されていた。
心配性の僕と妻も、早速そのアプリを導入した。
学校への行き帰りはもちろん、塾や遊びに行った先でも、地図上で娘の居場所がリアルタイムで表示される。
最初は便利だと思った。
でも、ある日、違和感を覚えた。
平日の午後4時半、娘は友達と近所の公園にいると話していた。
アプリを見ると確かに、公園の座標上にピンが立っている。
けれど、なぜかそのピンが、1メートル単位で細かく動いているのだ。
じっと座っておしゃべりしているような時間帯だ。
なのに、まるで誰かが公園の周囲をぐるぐる歩き回っているような動き方をしていた。
気になって電話してみた。
「今、公園にいるの?」
『うん。ベンチで○○ちゃんと一緒にるよ』
その返事を聞いて、胸の中のもやもやは少し消えた。
子どものスマホだから、GPSの精度が不安定なのかもしれない。
だが、その夜──僕は別のログを見つけた。
そのアプリには過去の移動履歴が残っているのだ。
今日の午後4時27分から4時34分まで、娘の位置情報は住宅街の裏手の林の中を移動していた。
そこには道もベンチもない。人が通るような場所ではない。
しかも、移動スピードが異様に速い。
8分間で数百メートル移動し、また元の公園へ戻っている。
翌日、妻に話してみたが、「たまたまGPSがおかしかったんじゃない?」と一笑に付された。
確かにそうかもしれないと思い、その件は気にしないようにした。
けれど、同じような奇妙なログが何度も何度も現れた。
そしてついに──ある木曜の夜、娘が泣きながら帰宅した。
「知らないおじさんに、ずっとついてこられたの……」
警察に連絡し、周囲の防犯カメラの映像を確認してもらった。
だが、どの映像にも「それらしい人物」は映っていなかった。
けれど僕には確信があった。
あのログの「細かい動き」と「異常な軌道」は、娘に付きまとう誰かの動きだったのだと。
数日後、もう一度アプリの開発元に連絡し、ログの正確性について問い合わせてみた。
すると驚くべきことに、こう返ってきた。
「実は、スマホのGPSではなく、“Bluetoothビーコン”の情報を組み合わせてより精度を高めています。
例えば、近くにある別の端末や信号機、監視カメラなどから得られる信号も利用します」
つまり──娘のスマホ単体ではなく、近くにある別の誰かの端末が娘の近くにずっといたことになる。
それが、林の中にも現れ、公園を回っていた“ピン”の正体だ。
そして気づいた。
その“何者か”は、いつも娘より数秒先に移動している。
まるで、道を先導するように。
それから我が家は、アプリの使用をやめ、娘の通学には必ず大人が付き添うようになった。
不思議と、あのピンはもう現れなくなった。
でも、ときどき思い出す。
あのピンが、夜の林の奥で一度だけ、ずっと止まっていたことを。
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