俺は普段、深夜まで働くことが多い。
 ある日、終電で帰宅した俺は、駅から自宅までの15分ほどの道のりを、いつも通りイヤホンをしながら歩いていた。
 住宅街に入り、何気なくイヤホンを外したとき、不意に誰かの気配を感じた。
 背後ではない。前方の道──電灯の下、誰かが立っている。
 距離にして20メートルくらい。
 顔は暗くて見えない。けれどこちらを向いて、ピタリと動かず立っているように見えた。
 すれ違うのも嫌だな……と思い、遠回りして裏道に入った。
 そこは狭い路地で、家と家の間を縫うような抜け道。誰も通らないはずだった。
けれど──曲がった先に、またさっきの人影がいた。
 ぞっとした。顔はやはり見えない。
 まるで俺の進行方向を先読みして、待ち構えているかのようだった。
 その場でUターンし、大通りに出ると、人影はいなかった。
 何かの見間違いだったかもしれない。そう思い、急ぎ足で帰宅した。
 翌朝、玄関ポストに入っていた手紙を見て、背筋が凍った。
 差出人不明、封筒の中には写真が一枚だけ入っていた。
 それは昨夜の俺が、自宅前に立っている姿を後ろから撮ったものだった。
 つまり、あの人影は俺の後をつけていたということになる。
 警察に届けたが、指紋もなく、映像も不鮮明で犯人の特定には至らなかった。
 念のため、家には防犯カメラと補助錠を追加した。
 それから数週間は何も起きなかった。
 けれど、ある夜──風呂上がりにリビングへ戻ると、違和感に気づいた。
 カーテンが、わずかに開いていた。
 自分では閉めたはずだ。いや、たしかに閉めた。
 おそるおそる近づいて外を見ると、向かいのアパートの影に、誰かが立っていた。
 またあいつか? そう思った瞬間、目が合った気がした。
俺はすぐに警察へ連絡したが、見回りの時にはもう誰の姿もなかった。
その夜から、不審な出来事が続いた。
 玄関の鍵が、微妙に回されていたり。
 枕元に置いたスマホの画面が、朝起きると誰かに操作された形跡があったり。
 アプリの履歴には、カメラアプリの起動ログが残っていた。
 耐えきれなくなった俺は、知り合いのつてで中古の防犯カメラを部屋の中に設置した。
 見えない相手を捉えるために。
そしてある朝──恐れていた映像がそこにあった。
 午前3時26分。
 寝ている俺の枕元に、ひとりの男が立っていた。
 その男は、俺の顔をじっと見つめ、ゆっくりとスマホに手を伸ばした。
 ロックを解除し、カメラを起動して自撮りのように俺と一緒に写真を撮った。
 そして、何も取らず、音も立てずに部屋を出ていった。
 鍵はかかっていたはずだ。窓にも補助錠を付けていた。
 侵入口が、わからない。
それ以来、俺はこの家を出た。
 今も、スマホのアルバムを開くたびに、あの写真が残っていないか確認してしまう。
 どこかのフォルダに、そっと保存されていそうな気がして──。

 
			 
			 
			 
			 
			 
			 
			 
			
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