高校の帰り道、ふと気まぐれでいつもとは違う道を通ってみた。
住宅街の中にある細い裏路地。人通りは少なく、街灯もまばらで、静かすぎるほどだった。
角を曲がったとき、道の先に誰かが立っているのが見えた。
中年の男だった。ボサボサの髪、よれたスーツ、うつむいていて顔は見えなかった。
すれ違うとき、目を合わせたくなくて早足になった。
しかし、ちょうど横を通り過ぎた瞬間、その男が唐突に顔を上げた。
目が合った。
男は笑っていた。だが、その目は異様なほど冷たく、感情がこもっていなかった。
背筋がゾワリとした。何も言わず、急ぎ足でその場を去った。
次の日も、帰り道でまたあの男を見かけた。
違う場所、違う時間。それでも同じように立っていて、またこちらを見ていた。
それからというもの、男は毎日のように現れるようになった。
駅のホーム、コンビニの前、学校の門の近く……なぜか、いつも自分が通る道の“先”に立っている。
最初は偶然かと思っていた。だが頻度が増すにつれて、偶然では済まされなくなってきた。
親や先生に相談しても、「気のせいだろう」「勘違いじゃないか」とまともに取り合ってくれない。
証拠を残そうと、スマホのカメラで男の姿を撮影してみた。
でも、撮れた写真には……何も写っていなかった。
男がいたはずの場所は、ただの空間だった。
その夜、スマホに非通知から着信があった。
恐る恐る通話に出ると、受話器の向こうから、聞き覚えのある低い声が聞こえた。
「見つけちゃったね」
息が詰まり、すぐに通話を切った。
それ以降、男は近づいてくるようになった。
以前は遠くから見ているだけだったのが、数メートル先、そして次は家の前。
そしてある日、帰宅するとポストに一枚の写真が入っていた。
それは、僕の部屋の窓を外から撮影した写真だった。
カーテンの隙間から、机に座る自分の背中がはっきりと写っていた。
まるで、ずっと前から見られていたように。
警察に届けようと思ったが、証拠の写真はなぜか翌朝には消えていた。スマホの履歴からも、撮ったはずの場所からも。
だけど、夢の中にあの男が現れて言う。
「見つけたのは君だよね?」
僕が“見つけた”つもりでいたけれど、
本当は──最初から、見つけられていたのかもしれない。
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