大学2年の春、彼女と同棲を始めた。
1Kの狭い部屋だったが、ふたりで暮らせるだけで楽しくて仕方がなかった。
彼女は少し嫉妬深い性格で、「浮気だけは絶対に許さないからね」とよく言っていた。
そんな冗談めかした脅しも、最初のうちは可愛いと思っていた。
ある日、彼女が「スマホにアプリ入れていい?」と言ってきた。
「何の?」と聞くと、「防犯用の監視アプリ」だと言う。
「GPSでお互いの位置がわかるし、スマホが盗まれても探せるから」と言われ、納得してインストールした。
最初は気にもしていなかったが、それから彼女の言動が少しずつ変わっていった。
たとえば、ゼミの打ち上げの帰りが少し遅くなると、LINEが立て続けに届く。
「今、どこ?」
「なんで移動してるの?」
「誰と一緒なの?」
駅で電車を待っているだけで、「今、◯◯駅にいるよね?」と連絡が来る。
居場所が正確に把握されているのが、次第に怖くなってきた。
あるとき、夜中にこっそりコンビニへ行っただけで、彼女が怒鳴りながら帰宅した。
「なんで何も言わずに出かけるの?!」
「何のためのアプリか分かってる!?」
俺はさすがに耐えきれず、「少し距離を置こう」と伝えた。
彼女は何も言わなかったが、それから数日後、突然姿を消した。
家も空っぽになっていて、スマホにかけても繋がらない。
共通の友人に聞いても、誰も居場所を知らなかった。
ようやく落ち着いたのは、それから数ヶ月後。
俺は新しいスマホに機種変更し、アプリのこともすっかり忘れていた。
ある夜、久しぶりに夜遅くまで外出し、帰宅してシャワーを浴びたあと、ふと玄関に違和感を覚えた。
靴が、左右逆に置かれていたのだ。
そんなはずはない。俺はいつも揃えて脱ぐし、他に誰もいないはず。
背筋が凍った。
慌ててスマホを開くと、画面に見慣れたアプリのアイコンが残っていた。
消したはずなのに。開いてみると──
「接続中:彼女の端末が近くにあります」
位置情報は、**“自宅”**を指していた。
その瞬間、背後でガタ…と何かが動く音がした。
振り返っても誰もいない。
けれど、部屋の片隅に置かれたクローゼットが、わずかに開いていた。
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