私は数年前、深夜帯の清掃アルバイトをしていた。
場所は都心にある24時間営業のオフィスビル。担当時間は深夜1時から4時。
人がいない時間帯に、各階の廊下やトイレ、給湯室を清掃する仕事だった。
そのビルは地上10階建てで、私の担当は1階から3階まで。
最上階の10階は、長い間テナントが入っておらず、基本的に使用されていなかった。
管理人からも「上には行かなくていいからね」と言われていた。
ある晩、いつものように3階の清掃を終え、エレベーターを呼んで1階に戻ろうとしたときだった。
エレベーターのパネルを見ると、「10」のランプが点灯している。
誰も上の階にいるはずがない。不思議に思っていると、エレベーターが10階からゆっくりと降りてきた。
やがて扉が開いた。
だが、そこには誰も乗っていなかった。
「……?」
少し気味が悪かったが、終電の時間も気になっていたのでそのまま乗り込んだ。
扉が閉まり、1階へ向かおうとしたそのとき──
「カツ……カツ……」と、硬い靴音が背後から聞こえた。
咄嗟に振り返ったが、誰もいない。
だが耳には、確かに“誰かが中にいる”ような気配が残っていた。
気のせいだと自分に言い聞かせ、エレベーターが1階に到着するまで目を閉じていた。
その夜は無事に帰宅し、特に何事もなかった。
だが、翌日の午後、ビルの管理会社から電話がかかってきた。
「昨晩、10階に誰かが出入りしたようなんです。防犯カメラの映像を確認したいのですが……」
私は驚いて答えた。「私、最上階には行っていませんよ。担当は3階までですから」
電話の向こうで、管理人が少し沈黙したあと、低い声でこう言った。
「映像には……あなたが誰かと一緒にエレベーターに乗ってるように見えるんです」
「誰かと?」
「ええ。ただ、その人の顔がはっきり映っていないんです。というか……首から上が、映っていないんです」
背中がぞくりとした。
それからというもの、私は清掃中にも誰かの視線を感じるようになった。
誰もいないはずの廊下の突き当たりや、清掃用具室の鏡越しに“何か”が立っているような気がして、怖くて仕方なかった。
結局、私はそのバイトを一ヶ月で辞めた。
後日、別の清掃員が同じシフトに入り、やはり「最上階から誰かが降りてくる」と言っていたらしい。
だが、その清掃員もすぐに辞めてしまったという。
そして、噂は今も残っている。
あのビルの最上階には、誰かが住んでいる。
夜中、エレベーターを呼ぶ“何か”が。
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