大学時代、私は下宿で一人暮らしをしていた。ある日曜の昼下がり、インターホンが鳴った。
モニターを見ると、20代後半くらいの男が立っていた。
「すみません、このあたりに○○さんという方、お住まいじゃないですか?」
と人当たりのよさそうな笑顔で尋ねてきた。
知らない名前だったので「わかりません」と答えると、「そうですか、失礼しました」と会釈して去っていった。
しかしその週の金曜日、また同じ男が現れた。
「先日はすみません。実は探している人が別の名前かもしれなくて…最近引っ越してきた方、いますか?」
私はまた「知りません」と答えた。が、胸の奥にうっすらとした違和感が残った。
管理会社が掲示していた入居者情報は非公開。なのに、なぜ私の部屋を訪ねてきたのか。
その翌週、コンビニから帰ると、郵便受けに何かが詰められていた。
手紙だった。中にはたった一文。
「あなたの笑顔、素敵でした」
ゾッとした。
まさか、あの日のモニター越しの顔を…?
すぐに管理会社に相談したが、防犯カメラの映像は古くて不鮮明。警察にも通報したが「直接的な被害がないため対応は難しい」と言われた。
それからというもの、インターホンが夜中に鳴るようになった。
午前2時、3時…モニターには誰も映っていないのに「ピンポーン」と鳴る。
そしてある夜、ドアの外からカサッ、カサッとビニール袋をこするような音が続いた。
恐怖で何もできず、布団にくるまって朝を迎えた。
明け方、恐る恐るドアを開けてみると、ドアノブにスーパーの袋がかけられていた。
中には——私が前日に買ったはずのパンと飲み物が入っていた。しかも、レシートまで入っている。
私はその日を最後に、下宿を引き払った。
荷造り中、ふと気づいた。
テレビの裏、普段動かさないラックの隙間に、名刺サイズのメモが落ちていた。
そこには、見覚えのある丸文字でこう書かれていた。
「見つけたよ」
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