向かいの窓

僕が今のアパートに引っ越してきたのは、半年前のことだ。
 職場にも近く、日当たりもよくて気に入っていたが、ひとつだけ気になることがあった。

 それは、向かいのマンションの部屋の窓だった。

 毎晩、深夜になるとその部屋の窓から誰かがじっとこちらを見ている。
 シルエットだけが街灯に照らされて浮かび上がり、姿まではよく見えないが、確かに「人」がいるのがわかる。

 最初は偶然かと思ったが、それが毎晩続くとなると気味が悪い。
 こちらがカーテンを閉めれば視線を遮れるが、そうすると逆に「負けた」気がして、妙な対抗心を覚えた。

 ある夜、ついに僕はカメラを手に、その部屋を撮影してみた。
 望遠で撮ると、窓辺に立っていたのは中年の男で、無表情のままじっとこちらを見ていた。

 「通報すればいいかもな……」そう思いながらも、特に害があるわけでもなく、様子を見続けていた。

 ところが、ある日を境にその男の姿が見えなくなった。
 妙な安心感と、同時にどこか寂しさすら感じていたが、それも束の間だった。

 ある夜、僕がベッドで寝ていると、突然「カシャン」と窓の音がした。
 驚いて起き上がると、自室のカーテンの向こう側に、誰かの影が映っていた。

 慌てて電気をつけてカーテンを開けたが、そこには誰もいなかった。
 鍵もちゃんと閉まっていたし、気のせいかとも思ったが、なんとなく気味が悪い。

 その翌日、職場から帰ってくると、部屋の中に違和感があった。

 机の上に置いていたはずのペンが1本だけなくなっていた。
 気のせいかもしれないが、寝る前に置いた位置とは違っていた気がした。

 そしてその夜。
 僕がシャワーを浴びている間に、玄関のチャイムが鳴った。

 慌ててバスタオルを巻いて出ると、ドアの前には誰もいなかった。
 代わりに、足元に一枚の写真が置かれていた。

 拾い上げて見てみると、それは僕がベッドで寝ている姿を上から撮った写真だった。

 パニックになり、すぐに警察に通報した。
 警官が来て室内を調べたが、侵入された形跡はなく、防犯カメラにも不審者は映っていなかった。

 ただ、警察官の一人がぽつりと呟いた。

 「向かいのマンション、その部屋……空き家ですよ。数年前に殺人事件があって以来、ずっと誰も住んでないそうです」

 血の気が引いた。
 じゃあ、僕が毎晩見ていた男は──誰だったんだ?

 それからというもの、僕はできるだけ早く帰宅し、窓には二重ロックをつけ、夜はカーテンを閉めるようになった。
 でも時々、夢の中であの男が部屋の隅に立っているのを見る。

 そして今朝、目覚めた僕の枕元に、また新しい写真が置いてあった。

 そこには、寝ている僕の隣で、男が静かにこちらを見下ろしている姿が、はっきりと写っていた。

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