私は大学を卒業してすぐ、郊外の賃貸マンションで一人暮らしを始めた。
 新築ではなかったが、築10年ほどで清潔感もあり、なによりオートロック付きという点に安心感を覚えた。
 引っ越し当初は何も問題なく、快適な生活を送っていた。
 だが、ある日を境に奇妙なことが起こるようになった。
 ある朝、目が覚めてリビングに向かうと、テレビがついていた。
 私は消して寝たはずだが、リモコンの誤作動かと思い特に気にしなかった。
 次の日には、洗面所のタオルの位置が微妙にずれていた。
 その翌日には、玄関マットが裏返っていた。
 「気のせい」「自分の勘違い」と思い込むことで、なんとか不安を抑えていた。
 しかし──決定的な出来事が起こった。
 深夜1時過ぎ。寝ていると「カチャ…」という小さな音で目が覚めた。
 玄関のドアの鍵が回る音だった。
 私は息を止め、布団の中でじっと耳を澄ませた。
 「ギィィ…」というきしむ音のあと、明らかに人の足音が部屋に入ってきた。
ガタガタと音を立てながら、誰かがキッチンを歩いている。
 私は恐怖で体が動かなかった。
 スマホを握りしめ、震える指で警察に連絡しようとしたその時──足音がこちらに近づいてきた。
 心臓の鼓動が耳の中で爆音のように響いていた。
 だが、寝室のドアが開くことはなかった。
やがて足音は遠ざかり、「カチャ」という音とともに、再び静寂が訪れた。
 翌朝、玄関を確認すると鍵はちゃんと閉まっていた。
 しかし、ドアの郵便受けには、手書きのメモが差し込まれていた。
「次は寝てないときに来るね」
 すぐに警察に通報し、事情を説明した。
 警察の話によると、同じマンション内で過去にも不審な侵入被害が複数件あったらしい。
 そして、驚くべき事実が判明した。
 この物件では以前、鍵交換を依頼されたにもかかわらず、前の入居者が合鍵を返却していなかったケースがあるという。
私の部屋も、その対象の一つだった。
つまり──その男は、**合鍵を持っていた「元住人」**だったのだ。
 それ以来、私はすぐに鍵を交換し、引っ越しの準備を始めた。
 今のところ再び侵入された形跡はない。
だが、時折ポストに差し込まれている、メモ用紙がある。
「またすぐに会える気がする」
そう書かれている文字は、どこか見覚えがあるような、妙に丁寧な筆跡だった。

 
			 
			 
			 
			 
			 
			 
			 
			
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