俺は数年前、都内の安アパートに住んでいた。
ボロいが駅からも近く、家賃が格安だったので即決だった。
間取りは1Kで、築40年近い木造。隣の部屋とは薄い壁一枚で仕切られており、物音はほぼ筒抜けだった。だが、住人同士の関わりはほとんどなく、俺にとってはちょうど良い距離感だった。
ある夜、寝ていると「ギィィィ…」というドアの軋む音で目が覚めた。
最初は隣かと思ったが、どうも自分の部屋の音だった。
確認するも、玄関の鍵は閉まっていたし、窓も施錠されていた。
その日からだった。
夜中になると、決まって「ギィィ…」という音が聞こえるようになった。
最初はドアの立て付けの問題だと思い、油を差してみたり、音がしないようクッションを挟んだりした。
だが効果はなく、音は毎晩決まった時間に鳴り響いた。
不思議だったのは、それに続くように「コツ…コツ…」と足音のような音も聞こえること。
部屋を歩く足音——いや、自分以外の誰かが歩いている音。
怖くなって、玄関のドアに補助鍵をつけた。もちろん内側から。
にもかかわらず、次の日も音は鳴った。
ある夜、我慢できなくなってスマホの録音機能を使って音を記録してみた。
翌朝、再生すると…はっきりと「ギィィィ…」「コツ…コツ…」と鳴っていた。
そして小さな声で「…いるの、わかってるよ」と男の声が入っていた。
警察に相談したが、「証拠不十分」と言われ、相手にされなかった。
それから一週間後のことだ。
外出先から帰ると、部屋の中が少しだけ変わっていた。
テーブルの位置、タオルのたたみ方、靴の向き……どれも微妙だが“俺の配置”じゃなかった。
恐ろしくなって即日退去した。
数ヶ月後、あのアパートが取り壊されると聞いて、少しだけ安心した。
ところが最近、ネットで見かけた心霊系のまとめブログに目が留まった。
《取り壊し直前、〇〇アパートで見つかった秘密のドア》
そこには、俺が住んでいた部屋の隣の写真が掲載されていた。
壁を剥がすと、俺の部屋と隣室をつなぐ小さな扉が見つかったらしい。
出入りは、自由だったのだ。
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