不在票

引っ越してきて1ヶ月ほどが経った頃。
その日も普通に仕事を終えて、夜8時すぎに帰宅した。

玄関を開けると、ドアポストに不在票が入っていた。

『◯月◯日 18:40 ご不在のため持ち帰りました』

宅配便だった。

特に注文した覚えはなかったが、名前と住所は合っている。
念のため、書かれていた配送会社に連絡してみた。

「本日◯時ごろの再配達依頼をお願いします」

だが、電話口の男性はこう答えた。

「申し訳ありません、その時間帯にその地域の配達はしておりませんが……。お名前も確認できません」

「でも、不在票がポストに……」

「うちの伝票ではないようです。よろしければ写真で送っていただけますか?」

言われるまま、不在票を撮ってメールで送ると、数分後に返信がきた。

「こちら、当社の正式な伝票ではありません。
また、記載されているドライバー名も、弊社には在籍しておりません」

ぞっとした。

まさか、悪質なイタズラか。
だが、伝票は精巧にできており、印刷の質も高い。
とても個人で作ったようには見えない。

その夜は気味が悪くて、玄関にチェーンをかけて眠った。

翌日、帰宅すると──また不在票が入っていた。

『2度目の配達にお伺いしました。ご在宅を確認しましたが、応答がありませんでした。』

「……見てた?」

気持ち悪くなって、防犯カメラの設置を決めた。
簡易型のモーションセンサー付きで、スマホと連動するタイプを玄関の内側に設置した。

そして次の夜。

帰宅途中、スマホに通知が届いた。

『玄関前で人の動きを検出しました(19:44)』

帰宅してすぐ映像を確認すると、そこには黒い帽子をかぶった男が立っていた。

男は何も持っていない。
手ぶらのまま、ただ玄関前に立ち、ドアをじっと見つめていた。

10秒ほどで画面が切れたが、その間、男は一歩も動いていなかった。

ポストを確認すると、案の定、不在票が入っていた。

「再々配達しました。ご在宅中にもかかわらず、出ていただけませんでした。
明日の夜、またうかがいます」

もはや“配達”ではなかった。
ただ、私が“そこにいる”ことを知って、来ているだけのように見えた。

すぐに警察へ通報したが、「直接的な被害がないため対応が難しい」と言われた。

私は荷物をまとめ、友人の家に避難した。

それから3日後、自宅アパートに戻ってみると、ポストには何も入っていなかった。

だが──玄関のドアノブに、紙袋がかかっていた。

中には、本物の宅配業者の伝票が数枚と、私が以前送った防犯カメラ映像のコピーが入っていた。

誰かが、私の家に来たことを、自分で“確認”しようとしていた。

怖くなった私はすぐに引っ越した。

引っ越しの手続きを終え、役所で住民票の移動を済ませた翌日。

新居のポストに、白紙の不在票が入っていた。

──「名前も、時間も、何も書かれていない」不在票だった。

でも、差出人欄にはこう書かれていた。

「また、お届けにあがります」

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