上の階の女

大学進学で引っ越したマンションは、駅からも近く家賃も手頃だった。
少し古いが、静かで暮らしやすい部屋だった。

ただ、気になることが一つだけあった。
それは「上の階の住人」だ。

引っ越してすぐ、管理会社から「上階には一人暮らしの女性が住んでいますが、少し神経質なので騒音には気をつけてください」と言われていた。

数ヶ月が経ち、ある晩、夜10時を過ぎた頃だった。

部屋で音楽をかけながら作業していると、天井を棒で突くような「ドン!ドン!」という音が鳴った。

「ああ、上の人かな」と思い、音を止めた。
それ以降も、テレビの音が少し大きかったり、椅子を引く音がしただけで「ドン!ドン!」と天井を突かれた。

極端に神経質なんだな、と思っていた。

ある日、マンションのポストに「静かにしてください」という手紙が入っていた。手書きの文字は震えていて、「夜になると頭が痛くなる」「生活音が怖い」と書かれていた。

さすがに気味が悪くなり、管理会社に相談してみた。

すると、こう言われた。

「えっ……?○○号室の上ですか? そこ、もう3ヶ月以上空き家ですけど……

背筋が凍った。

「でも、天井から突く音が……」

「いや、誰もいないはずです。鍵も返却されてますし、電気も止まってますよ」

信じられなかった。俺は何度も音を聞いていた。
ポストに入っていた手紙は? 誰が?

その夜、恐る恐る帰宅すると、ドアポストにまた手紙が入っていた。

震える文字で、こう書かれていた。

「上から見てるから。騒がないで」

パニックになった俺は、そのまま近くのネットカフェに避難した。

翌日、友人に付き添ってもらいながら部屋に戻ると、ドアには何も挟まれていなかった。
けれど、天井の一角に、明らかに人の手で突いたような凹みが増えていた。

管理会社に再度問い合わせたが、「清掃の際には何もなかった」「誰かが無断侵入した形跡もない」とのことだった。

結局、俺はその月のうちに引っ越した。

今でも、「上の階」の気配を感じることがある。

階段を上るとき、ふと天井の隅に、長い髪が見えた気がするのは、たぶん気のせいじゃない。

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