その日、私はいつも通り仕事を終え、終電間際の路線バスに乗って帰宅しようとしていた。バスは地方路線で、利用客も少ない。街灯の少ない道を、揺られながら走る。
車内には運転手と私を含め、4人ほどしか乗っていなかった。誰も話すこともなく、スマホを眺めるか、うつむいて眠っている。
そんな中、あるバス停で一人の女が乗ってきた。白いワンピースに長い髪。顔立ちは整っていたが、どこか表情がなく、じっとしたまま前方を見つめていた。
彼女は、空いているのにわざわざ私のすぐ後ろの席に座った。
違和感を覚えたが、気にしないようにしてスマホに目を戻した。
しかし、数分後、ふと視線を感じて後ろを振り返ると、彼女が私のことを見つめていた。
無表情のまま、微動だにせず、じっと、私だけを。
心拍数が上がった。理由はわからないが、強烈な嫌悪感がこみ上げてきた。
次の停留所で降りようと決め、ボタンを押した。バスが停まり、私が立ち上がると、彼女も同時に立ち上がった。
「……!」
何も言わず、同じように降りる彼女。私の後ろをぴったりとついてくる。
辺りは街灯も少なく、住宅街まで距離がある。歩く私の足音のすぐ後ろに、彼女の足音が重なる。
──これはまずい。
私は急いでコンビニに入り、様子を見ることにした。彼女は……店には入ってこなかった。だが、外でずっとこちらを見ている。
怖くなった私は、店員に「誰かに尾けられているかもしれない」と相談し、店の奥に避難させてもらった。
数分後、外に出ると彼女の姿はなかった。
それからしばらくは何事もなかった。警察にも相談したが、身元不明、痴漢やストーカー歴もない。
安心しかけた頃、ある日ポストに手紙が届いていた。
『あなたが乗ったバス、あの日から毎日見てます。あなたが降りた場所、素敵でした。次は、あなたの家を教えてください』
──名前も、住所も、教えていない。
人が一番怖いのは、ただ無言でついてくることかもしれない
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