引っ越してきたアパートは、古くて狭いが家賃が安く、私にはちょうど良かった。
隣の部屋には年配の女性が住んでいて、会えば笑顔であいさつしてくれる、感じのいい人だった。
「何かあったらいつでも言ってね。若い人が一人で大変でしょう?」
そう言って、野菜のおすそ分けや手作りの漬物をたびたびくれた。
最初はありがたく受け取っていたが、だんだんとそれが頻繁になっていった。
ある日は玄関前におにぎりが置かれていた。
またある日は、ポストにメモが入っていた。
《最近元気なさそうね。ちゃんとご飯食べてる? 夜、話しにおいで》
私は忙しいふりをして距離を置こうとした。だが、ある夜、ドアをノックする音がした。
「……大丈夫? 開けてくれる?」
時計を見ると深夜1時を過ぎていた。
恐怖を感じ、息をひそめてやり過ごすと、それ以降メモは一切入らなくなった。
ほっとしていた数日後、ポストに封筒が届いた。
中には何枚もの写真。
それは、私が部屋の中で過ごす様子を、窓越しや隙間から盗撮した写真だった。
ご飯を食べているとき、寝ているとき、着替えようとしているとき。
全身に鳥肌が立った。警察に相談し、すぐに管理会社と連携して捜査が始まった。
結果、隣人の部屋からは複数の盗撮用カメラ、メモ帳、私の名前が書かれたアルバムが見つかった。
そこには、私の一挙手一投足が記録されていた。
《今日はごはんを2回食べた。いつもより元気そう。声をかけると笑った。うれしい》
《寝てる姿が一番かわいい。ドアの音で起きなかった。夢を見てる顔だった》
警察は「明確なストーカー行為に当たる」と判断し、接近禁止の措置が取られた。
その後、彼女は引っ越して行ったが、私は夜にドアの前を通るたび、あのときの声が頭をよぎる。
「……大丈夫? 開けてくれる?」
今でも、誰かがドアをノックする音に敏感に反応してしまう。
そしてふと気づいた。
最近、ポストにまた「手紙」が入っていた。
筆跡は、あのときとまったく同じだった。
コメント