ただの通行人

ある日曜の午後、近所の公園を散歩していたときのことだ。
その公園は小さな池と遊具があるだけの、のどかな場所で、私は休日になると読書をしに訪れるのが習慣だった。

その日も、ベンチに腰掛けて本を読んでいた。
30分ほどたった頃、ふと視線を感じて顔を上げると、道の反対側に黒いパーカーの男が立っていた。

フードを深くかぶっていて顔はよく見えなかったが、こちらをじっと見ているようだった。

「何か用ですか?」

思わず声をかけたが、男は何も言わず、その場を離れた。
ただの通行人だったのだろうと、そのときは深く考えなかった。

翌週の日曜。
同じベンチに座っていると、また同じ黒パーカーの男が現れた。
今度はさらに距離を詰めて、ベンチのすぐ先の遊具の前に立っていた。

やはりこちらを見ている気配がする。
私は気味が悪くなり、その日はすぐに帰った。

3週目。
また同じ時間に公園へ行くと、彼は既にそこにいた。

そして今度は、私の隣に座ってきた。

無言で、フードをかぶったまま。
明らかに異常だった。

「何ですか?」

そう声をかけても返事はない。
そのまま2〜3分座り、ふいに立ち上がって公園を出ていった。

私はすぐに管理人に連絡し、公園内の防犯カメラの映像を確認してもらった。

しかし——そこには、私がベンチに一人で座っている映像しか映っていなかった。

黒いパーカーの男など、どこにもいなかったのだ。

幻覚か?と疑いながらも、それでもその不気味さが頭から離れなかった。

4週目。
私は行かないと決めていたのに、なぜか足が勝手に公園へ向いていた。

そして、また彼がいた。

今度は、公園の入り口で待っていた。

「何なんだ、お前は!」

そう叫ぶと、彼は一歩、こちらに近づいた。

そしてつぶやいた。

「毎週、来てくれてありがとう」

その声を聞いた瞬間、私は全身に寒気が走った。

──この声に、聞き覚えがある。

高校時代、よく一緒にいた後輩。
少し内気な性格で、何をするにも私についてきた。

ある日、彼がこう言ったのを覚えている。

「先輩がいなくなったら、俺、生きていけないです」

──そして、その2ヶ月後。
私が大学進学を機に地元を離れたあと、彼は自宅の風呂場でリストカットして亡くなったと聞いた。

「来てくれてありがとう」
その言葉が、今でも耳に残って離れない。

でも……彼の声を思い出すと同時に、ふと気づいたことがある。

高校時代、彼は一度も“黒いパーカー”を着ていなかった。

──じゃあ、あれは本当に彼だったのか?

それとも、**彼を装った“誰か”**が、私を毎週呼び出していたのか?

怖くなった私は公園を走って抜け出し、それ以来一度も近づいていない。

だが、今もたまに、夢の中であのベンチに座っている自分を見る。

隣には、黒いパーカーの男が座っている。

何も言わず、ただこちらを見ている。

そして夢の終わり際、彼はこうつぶやく。

「来週も、来てくれるよね?」

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