会社からの帰りが少し遅くなったある晩、私はマンションのエントランスでエレベーターを待っていた。
深夜0時を過ぎた静まり返ったロビー。
誰もいないはずなのに、後ろから「カツ……カツ……」と足音が近づいてくる。
なんとなく振り返れずにいると、耳元で「おかえり」と誰かの声が聞こえた。
びくりと肩が跳ねたが、振り向いたときには誰もいなかった。
その日は気のせいだと思うことにして、部屋へ戻った。
数日後、また同じ時間に帰宅したとき、また「おかえり」と声が聞こえた。
今度ははっきりと、女の声だった。
私はすぐに振り向いたが、そこにはエントランスの監視カメラしかなかった。
「おかしいな……」
私は気味が悪くなって、翌日管理人に頼んでその時間帯の映像を見せてもらうことにした。
モニターには、私が一人で帰ってくる姿が映っていた。
ただ、私がエレベーター前で立ち止まったその数秒後、画面の隅に“もう一人の私”がゆっくりと現れていた。
髪型も服もまったく同じ。
そして私の背後に立ち、口を動かした。
「……おかえり」
管理人は「編集されたんじゃないか?」と冗談を言って笑っていたが、私はその日から夜の帰宅を避けるようになった。
それから数日後、友人の家に泊まった帰り、朝8時ごろに自宅マンションに戻ると、ポストにメモが入っていた。
便箋には小さな字で、こう書かれていた。
「昨日の夜、部屋の前に立ってたあなた、何か探してたみたいですね」
私は、昨夜は帰宅していない。
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