在宅ワークに切り替えてからというもの、部屋にいる時間が格段に増えた。
特に外に出る理由もなく、朝から晩までPCに向かい、たまに食事や風呂で動く程度。人との接点も減り、顔を合わせるのは宅配便の配達員くらいだった。
ある日、ポストに小さな紙が入っていた。
『いつも頑張ってますね。えらい。』
宛名もなく、便箋でもない。ただのメモ用紙に黒いペンで手書きされた短い言葉。最初は「誰かの間違いだろう」と思って気にしなかった。
翌日、また紙が入っていた。
『今日も一日お疲れさま。昨日のラーメン、美味しそうでしたね。』
――ラーメン?
確かに昨夜、カップ麺を食べた。でも、誰にも話していないし、SNSにも載せていない。
その瞬間、背筋が冷たくなった。
「見られてる?」
玄関やベランダ、窓の隙間を確認してみたが、特に怪しい様子はない。気味は悪いが、直接の危害はないし、ポストの鍵も壊れていない。
3日目のメモにはこうあった。
『寝落ちしてましたね。あの姿、かわいかったです。』
完全にアウトだ。
すぐに警察に相談したが、「決定的な証拠がないと対応が難しい」と言われた。念のため部屋に簡易カメラを設置し、自衛することにした。
そして、その夜。
寝ていたはずの僕は、夜中にふと目を覚ました。暗闇の中、視線を感じた気がして天井を見上げた。
そこには──エアコンの吹き出し口から、こちらを覗く目があった。
絶叫し、警察を呼び、すぐにその場所を確認してもらった。天井裏には、人が一人、寝袋とペットボトルと一緒に潜んでいた。
逮捕されたのは、以前このアパートに住んでいた男だった。
鍵を返却した後も、合鍵で出入りしていたらしい。
それ以来、僕は毎晩、すべてのドアと天井を確認しないと眠れなくなった。
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