投稿一覧
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ただの通行人
ある日曜の午後、近所の公園を散歩していたときのことだ。その公園は小さな池と遊具があるだけの、のどかな場所で、私は休日になると読書をしに訪れるのが習慣だった。 その日も、ベンチに腰掛けて本を読んでいた。30分ほどたった頃、ふと視線を感じて顔を... -
帰ってきた足音
私は都内の古いアパートで一人暮らしをしている。築年数は古いが、駅から近く家賃も手頃だったので、入居を決めた。ただひとつ、少し気になっていたのが、隣室がずっと空き部屋のままだということだった。 大家に聞いたところ、「前の住人が急に出て行って... -
おやすみの一言
高校生の妹がいる。俺とは5歳離れていて、普段はそれほど会話をしない。妹はおとなしく、読書が好きなタイプで、スマホよりも文庫本を手にしている時間のほうが多い。 そんな妹が、ある晩、リビングで急に話しかけてきた。 「お兄ちゃん、寝る前に『おやす... -
古道に立つ女
私は長野県の山間にある、小さな村で生まれ育った。今ではすっかり過疎化が進んで、私の実家も空き家となって久しい。 ある年の秋、父が亡くなったのをきっかけに、私は何年ぶりかにその村を訪れることになった。父の遺品整理のため、ひとりで数日間滞在す... -
忘れ物
私は都内の中学校で事務員として働いている。教師ではないが、職員室の片隅に机があり、生徒や先生と日々顔を合わせる。 ある日、3年生のクラス担任の先生が、卒業式の準備で忙しそうにしていた。校内は年度末でバタバタしており、事務作業も山のようにあ... -
鍵の合う部屋
大学に入学してすぐ、一人暮らしを始めた。 家賃を抑えるため、古いけれど駅に近いアパートを選んだ。築40年のその建物は木造で、2階建て。私は1階の101号室に住んでいた。 引っ越し当初、特に問題はなかった。隣の部屋(102号室)には誰か住んでいるらし... -
井戸の声
祖父が亡くなったのは、私が中学2年の夏だった。葬式が終わったあと、祖母が一人で住んでいる山奥の家に、両親と一緒に手伝いに行った。 その家には、昔から使われていない古い井戸がある。 庭の片隅にぽつんと佇む井戸。木の蓋がされていて、苔がびっしり... -
赤い紐
「それ、何の紐?」 中学の帰り道、クラスメートの理沙が突然聞いてきた。 「え?」 私は気づいていなかったけど、制服の右袖から赤い紐が5センチほど垂れていた。 「どこかに引っかかったのかな」そう言って私は紐を引っ張った。 でも――抜けない。 強く引... -
隣人の記録ノート
一人暮らしを始めて3ヶ月ほど経ったころ、隣の部屋に新しい住人が引っ越してきた。 30代くらいの男性で、どこか人付き合いに不慣れな雰囲気だった。すれ違うたびに軽く会釈はするが、会話は一度もなかった。 ある夜、帰宅して部屋に入ろうとしたとき、ふと... -
最後の一部屋
そのアパートは、地元でも“訳あり物件”として知られていた。家賃は相場の半額以下。築年数は古いが、駅にも近く間取りも悪くない。 俺は引っ越しを急いでいたし、他に空き物件もなかったから、不安を飲み込み契約することにした。 「この部屋だけ、ずっと... -
おかえりの声
高校3年の秋、受験勉強で夜遅くまで塾に通う日々が続いていた。 家に帰ると、玄関のドアを開けながら「ただいま」と声をかけるのが習慣だった。すると、奥のリビングから必ず「おかえり」と母の声が返ってくる。 疲れて帰る日々の中で、その声は何よりも安... -
共用廊下の男
大学生になって初めての一人暮らし。それは自由と引き換えに、少しの不安と寂しさが付きまとうものだった。 私の部屋は、築年数が古いが家賃の安い4階建てのアパートの3階にあった。ワンルームで狭いながらも、十分な広さだった。 ただ、ひとつだけ妙なこ...