私は大学時代、都内のあるファミレスで夜勤のバイトをしていた。
深夜のシフトは人が少なく、静かで単調な作業が多かったが、ある出来事を境に夜勤が怖くなった。
その日も、私はいつものように23時から朝5時までの勤務に入っていた。
深夜2時を過ぎると客足は一気に減り、店内にはほとんど誰もいなくなる。
防犯上、深夜は店員2人で回す体制だったが、その日はもう一人のバイトが急遽休みになり、店長と私の2人だけだった。
午前3時を少し回った頃、入り口の自動ドアが開いた。
入ってきたのは、中年の男性。
スーツ姿で、やけに真っ白なシャツが印象的だった。
彼は静かに窓際の席に座ると、メニューも見ずにこう言った。
「コーヒーだけ、お願いします。ブラックで。」
私は笑顔で注文を受け、コーヒーを運んだ。
男性は何も言わず、ただ黙って外を見つめていた。
その姿に、少しだけ違和感を覚えた。
──瞬きひとつせず、まったく動かないのだ。
30分ほど経った頃、私はテーブルを拭きながら男性に声をかけた。
「おかわり、いかがですか?」
彼は、まるで初めて私の存在に気づいたかのように顔をこちらに向けた。
「……この店、今日が最後なんですね。」
「え?」
「だから、最後の客になりたかったんです。」
私は意味がわからず、曖昧に笑ってその場を離れた。
店が閉店する予定など、聞いたこともなかった。
その後も男性はじっと座り続け、朝5時が近づく頃になってようやく席を立った。
レジに向かってくると、彼はにこりともせず財布から1000円札を出してこう言った。
「ありがとうございました。……気をつけてくださいね。」
私はまた曖昧に笑って見送った。
彼は何も買わず、何も持たず、ゆっくりと街の闇に消えていった。
その日のシフトが終わり、店長に男性のことを話すと、店長の顔がみるみる青ざめた。
「その人……白いシャツ着てた? スーツで、無言で外見てる感じの……」
「え? はい……そうですけど」
店長は無言で、バックヤードの棚から古い新聞の切り抜きを取り出した。
そこには、3年前の出来事が載っていた。
『○○ファミレス、深夜に飛び降り自殺 男性(43) コーヒー1杯だけ飲んだ後に』
そして、掲載されていた遺影の写真には、昨夜の男性と同じ顔が写っていた。
コメント