大学を卒業してすぐ、就職先の都合で地方都市に引っ越した。
右も左もわからない土地で、慌ただしく新生活が始まった頃、不動産会社から紹介されたのが、少し古びたマンションの一室だった。
内装はリフォームされており、小綺麗で家賃も手頃だった。
ただ一点だけ気になる点があった。
それは──玄関からリビングまでの廊下が異様に長いということだった。
5メートルほどの真っ直ぐな白い廊下。両側には何もない。ドアもなく、ただ壁があるだけ。
最初は気にもしていなかった。けれど、引っ越し初日の夜、廊下の奥に「何か」がいた。
風呂を出て、部屋着に着替えていると、廊下の先に白い影が立っていたのだ。
目の錯覚かと思ったが、瞬きをしてもそこにいた。
だが、電気をつけて廊下を見に行くと、何もいなかった。
それ以降、廊下には妙な気配を感じるようになった。
深夜になると、奥からかすかな足音がする。
パタ……パタ……と、裸足で床を歩くような音。
ある夜、寝室で寝ていた俺は、金縛りにあった。
目だけが動く状態で、天井を見ていると、廊下の奥から白い何かが這いずってくる音が聞こえた。
ズ……ズズ……と何かが引きずられている音。
やがて寝室の入り口で音が止まり、誰かが「こっちを見ている」気配がした。
朝、目が覚めると、廊下の床に濡れたような足跡が続いていた。
寝ぼけていたわけじゃない。あの気配は、確かにいた。
気になって物件の過去を調べた。
数年前、この部屋で一人暮らしの女性が首を吊って亡くなっていたという情報が出てきた。
遺書もなく、原因も不明の突然の死。
しかも──亡くなっていた場所が、あの廊下の中央だったという。
なぜ廊下のど真ん中で?と疑問に思ったが、それ以上の情報は見つからなかった。
それからというもの、深夜になると廊下の奥に視線を感じるようになった。
ある夜、ついに決定的なものを見た。
仕事帰りで疲れていた俺は、うたた寝をしてしまった。
ふと目を覚ますと、テレビはつけっぱなし、照明も落とし忘れていた。
そのとき──何気なく廊下の方を見て、息を呑んだ。
白い服を着た女性が、壁に向かって立っていた。
背中をこちらに向け、ピクリとも動かない。
廊下の奥にぴったり張りつくようにして立っている。
声も出せず、そのまま目を閉じた。
次に目を開けたときには、もういなかった。
翌日、引っ越しを決意した。
最後の夜、全ての電気を点け、音楽を流しながら眠った。
深夜3時頃、突然すべての電気が落ちた。ブレーカーが落ちたわけではない。
その直後──廊下の奥から、女の低いすすり泣きが聞こえてきた。
その声が、だんだんと近づいてくる。
足音もなく、ただ泣き声だけが近づいてくる。
もう、限界だった。
翌朝、夜が明けるのを待って荷物をまとめ、即日でホテルへ避難した。
あの白い廊下は、何かを“通す道”だったのかもしれない。
俺の知らない“誰か”を、今でも毎夜通しているのかもしれない。
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