僕の部屋には、小さな木製の写真立てがひとつある。
中には、小学校の卒業式の日に撮った、家族全員の写真が収められている。
その写真は、父と母、僕と妹、そして祖母の五人が玄関先に立ち、にこやかに笑っているものだ。
今はもう亡くなった祖母の姿も写っていて、僕にとってとても大切な一枚だった。
ある晩、スマホをいじっていると、ふと視線を感じて顔を上げた。
部屋には僕ひとりだけ。けれどなぜか、机の上の写真立てに目が向いた。
いつもと違う──そう感じた。
その写真立てが、わずかにこっちを向いている気がしたのだ。
いや、そんなはずはない。写真立ての位置はいつも同じだし、誰かが触れた形跡もない。
でも、どうにも落ち着かない。僕はそっと写真立てを少し回し、正面を向けた。
翌朝、起きてすぐに違和感を覚えた。
机を見ると、写真立てがまたわずかにこちらに向いている。
「風とかのせいか?」と自分に言い聞かせたが、窓も閉まっていた。
まるで、誰かが毎晩こっそり入ってきて、写真立てを僕に向けているみたいだった。
そんなことが数日続き、ついに我慢できなくなった僕は、
その夜、スマホをセットし、部屋に仕掛けたカメラでタイムラプス撮影を始めた。
そして翌朝。
動画を確認すると──深夜2時過ぎ、何もいないはずの部屋で、
写真立てがゆっくりと、自動的にこちらへ向く様子が映っていた。
恐怖に駆られた僕は、すぐに父に相談した。
父は写真を見て、沈んだ声でこう言った。
「……そうか、あの写真か。……実はな、あの日お前には言ってなかったけど……」
卒業式のあと、僕たち家族は祖母を車に乗せて、みんなで食事に行く予定だった。
でも祖母が急に体調を崩して、家で休ませることになった。
そのまま、祖母は夜に息を引き取った。
「写真を撮ったとき、実は……祖母さんはもう亡くなってたんだ」
父は、あの日、祖母の身体が冷たかったことを覚えていたという。
けれど、あまりに穏やかな顔をしていたため、
皆が気づかないまま、写真を撮ってしまった。
写真に写っている祖母の顔は、確かに穏やかに笑っていた。
まるで、本当に一緒に卒業を祝ってくれているように。
けれど、それ以来、僕の部屋の写真立ては毎晩こちらを向いていた。
今思えば、それは祖母が何かを伝えようとしていたのかもしれない。
それとも、まだ僕のそばにいたかっただけなのか──。
解説
- 写真の中の祖母はすでに亡くなっていたにもかかわらず写っていた。
- 写真立てが「自発的に動く」ことはあり得ず、何かの力(祖母の霊)が作用していたと考えられる。
- 意味がわかると、「最初に視線を感じた瞬間から、祖母はそばにいた」ことがわかり、静かな恐怖が広がる。
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