大学に進学して、一人暮らしを始めたのは昨年の春だった。
家賃を抑えたくて選んだのは、築30年近い古いワンルームアパート。駅から徒歩15分、最寄りのコンビニまでは坂道を下らないといけない立地だ。
ただ、内見のときに対応してくれた管理人さんがとても丁寧で、清掃も行き届いていたので、不安よりも安心感のほうが勝っていた。
実際、最初の数ヶ月は何事もなく過ごしていた。
狭いながらも自分だけの空間に満足し、自由気ままな大学生活を満喫していた。
だが、ある日を境に「違和感」が生まれた。
きっかけは、ポストに入っていたメモだった。
「夜遅くに帰るのは危ないよ。気をつけて」
そんな内容が、手書きで丁寧に書かれたメモだった。
最初は管理人さんかと思ったが、管理人は昼間にしかいないし、そんな連絡は普通貼り紙で告知されるはず。
少し気味が悪かったが、「親切な誰かが注意してくれたんだろう」と自分に言い聞かせて、その日は忘れることにした。
だが、それから定期的にメモが届くようになった。
「風邪引かないようにね」
「疲れてるみたいだけど、ちゃんと寝てる?」
「最近、友達来てないね。寂しくない?」
どれも丁寧な文字で、気遣いの言葉ばかり。
最初はありがたく思ったが、だんだんと“監視されている”ような気分になってきた。
誰かが、僕の生活を詳細に把握している──。
不安になって、部屋の前の廊下や階段に防犯カメラがないか調べたが、設置されていなかった。
ポストに鍵はついているのに、なぜ中にメモが入っているのかもわからなかった。
ある晩、アパートの入り口付近で、近所の住人らしき老人とすれ違った。
「こんばんは」と軽く会釈すると、老人はじっとこちらを見つめ、ぼそっとこう言った。
「気をつけなさいよ、あの部屋……前の子も、急に引っ越してったからね……」
背筋がぞくっとした。理由を聞こうと振り返ったが、老人はもうどこかへ歩いて行ってしまっていた。
帰宅後、部屋に入ると、またメモがあった。
だが今度は──様子が違った。
「会いたいな。どうして無視するの?」
それを見た瞬間、背筋が凍った。
“誰か”が僕の行動を逐一見ていて、そして僕の生活に干渉しようとしている。
警察に相談しようかとも考えた。だが証拠がメモしかない。ポストに鍵がついていて開けられた痕跡もない。部屋も荒らされていない。
翌日、管理人に相談してみた。
すると、管理人は深いため息をついて、こう言った。
「……実はね、3年前にも同じような相談があったの。あなたの部屋の前の住人。
その子も、毎日のようにメモが届くって言ってた。結局、引っ越しちゃったけど……」
「犯人は……見つかったんですか?」
「いや、でも……その後もね、空室のままだったのに、誰もいないはずのポストに、時々メモが入ってたのよ」
ぞっとして、それ以上は聞けなかった。
その夜、ポストを確認すると──中は空っぽだった。
安心して部屋に戻り、寝ようとベッドに入った。
……が、真夜中、ドアのポスト口から「カタン」と何かが差し込まれる音がした。
恐る恐る確認すると、白い紙が床に落ちていた。
「おかえり。ずっと、見てたよ。」
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