午後4時44分の訪問者

大学生の夏休み、僕は田舎の祖母の家に1週間ほど滞在することになった。
 祖母はとても元気で優しい人だが、築80年を超える古い日本家屋には、やはりどこか独特の雰囲気があった。

 滞在3日目の午後、縁側で本を読んでいた僕に、祖母が話しかけてきた。

 「今日もあの時間になったら、玄関の鍵を閉めておくんだよ」

 その言葉に、僕は少し不思議に思った。

 「何かあるの? 夕方?」

 「昔からね、この家では“午後4時44分”に玄関を開けておくと、よからぬ者が入ってくるって言われてるんだよ」

 祖母の言葉はまるで昔話のようで、僕は笑って聞き流した。

 その日も夕方になり、時刻は4時40分。
 ふとスマホを見ると、画面の表示は「16:43」。
 何となく気になり、玄関の方を見に行った。

 鍵は……開いていた。
 祖母は仏間でうたた寝していたらしい。代わりに僕が鍵を閉めようとしたその瞬間、カタリと音がした。

 誰かが外で、風鈴を鳴らしたような……そんな音。

 そして「カタ……カタ……」と、玄関の引き戸の前で何かが動く音が聞こえた。

 開けてはいけない──
 そう思ったが、なぜか体が勝手に動いてしまい、僕は玄関の引き戸を少しだけ開けてしまった。

 そこには、白い服を着た長髪の女が立っていた。
 顔はうつむき加減で、表情は見えない。

 「どちら様ですか?」と声をかけると、女は顔を上げた。

 目が、なかった。

 黒い穴のような空洞だけが、目のあった場所にぽっかりと開いていた。

 僕は悲鳴を上げ、慌てて戸を閉めて鍵をかけた。
 心臓がバクバクと鳴り、冷や汗が止まらない。

 祖母が気づいてやって来た。

 「見ちゃったのかい」

 僕はうなずいた。

 祖母は静かに言った。

 「だから言ったろう。あの時間に、玄関を開けちゃいけないって。あれは……死者の時刻なんだよ。4時44分、“死死死”の並ぶ時間。昔から、この地域では“死者が訪ねてくる時”って言われてる」

 その夜、祖母は玄関に塩をまき、仏壇に線香を絶やさず焚いてくれた。

 でも、その日の深夜2時過ぎ、僕の部屋の障子の向こう側で、あの風鈴のような音がもう一度鳴った──

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