私は大学進学を機に、地方から東京へと引っ越してきた。
築年数は古いが家賃の安いワンルームマンション。都心からは少し離れているが、通学には不便しない場所だった。
引っ越し初日の夜、荷ほどきもそこそこにベッドに入ろうとした時、隣の部屋から「ドンッ」という低い音が聞こえた。
誰かが壁を叩いたような音だったが、特に気にするほどでもない。こんな古い建物なら、音くらいは響くだろうと思った。
しかしその日から、毎晩のように同じ時間、深夜2時頃になると「ドン、ドン……」と壁を叩く音が続いた。
最初は我慢していたが、一週間が過ぎた頃、さすがに気になり始めた。
私は管理人に事情を話し、隣の部屋の住人に注意してもらえないかと頼んだ。
すると、管理人は怪訝な顔をしてこう言った。
「お隣は空き部屋ですよ。もう半年以上、誰も住んでません。」
私は絶句した。
じゃあ、あの夜中の音は……? 誰が、壁を叩いているんだ?
怖くなった私は、夜が来るのが憂鬱になった。
ある晩、ついに私は意を決して、音の正体を確かめることにした。
深夜1時半。部屋の灯りを消し、耳を澄ませてその時を待った。
──2時。
「ドン……ドン……」
壁の向こうから、また例の音がした。私はそっと部屋を出て、隣の空き部屋の前まで行った。
鍵はかかっている。誰も入れるはずがない。
しかしその瞬間、部屋の中から小さく、女の声が聞こえた。
「……いるの? 聞こえてる……?」
私は恐怖で凍りついた。
急いで自室に戻り、布団をかぶったまま朝を待った。
それからというもの、音はぱたりと止んだ。
安心したのも束の間──1週間後、私の部屋の壁に小さな紙切れが貼られていた。
それはまるで、内側から押し出されたように歪んでおり、そこにはこう書かれていた。
「隣にいたのは、私の方だったのかもしれないね」
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