赤い傘の女

当時、私は郊外の営業所で働いていた。
朝は早く、夜は遅い。
帰りが終電近くになることもしばしばだった。

ある雨の夜のこと。
会社を出たときには土砂降りになっていて、傘を持っていなかった私は最寄りのコンビニでビニール傘を買った。

駅までの道を歩いていたとき、ふと前方に赤い傘をさした女の人が見えた。
足元はパンプス、白いワンピースのような服を着ていて、雨の中、静かに歩いていた。

時間は23時過ぎ。
周囲には誰もいない。
コンビニも閉まっていて、あたりは真っ暗だった。

私は早く駅に着きたくて、その女性を追い越すように歩いた。
が、気づけば彼女はまた前を歩いていた。

「……あれ?」

抜かしたはずなのに。

だがそのときは、視界が悪かったせいだろうと思い、特に気にせず駅へ向かった。

翌日もまた雨だった。

仕事を終えて、昨夜と同じ道を歩いていたとき、また赤い傘の女がいた。
同じ服、同じ靴。
そして、同じように前を歩いている。

偶然かと思ったが、彼女は一定の距離を保つように、私の前を歩いていた。

3日目の夜。
その日も雨が降っていた。

またしても赤い傘の女が、駅へ向かう道の途中にいた。
私は試しに、コンビニに寄って時間をずらしてみた。
5分ほど立ち読みをしてから外に出ると──

彼女は、また前を歩いていた。

ぞっとした。

何かがおかしい。
私はその日、駅へ向かうのをやめて、別の道から帰った。

だが、翌朝。

ポストに、赤い折り紙で折られた傘が入っていた。

不気味すぎて、すぐに管理会社と警察に通報した。
防犯カメラを確認したところ、深夜2時ごろ、傘をさした人影がポストに何かを入れる様子が映っていた。

だが、傘のせいで顔は見えず、性別すら判別できなかった。
警察も「決定的な証拠がない」と言うだけだった。

翌日、私は上司に頼んでしばらくリモート勤務に切り替えた。

雨が降った日は、外に出ないようにした。

1週間後の金曜、久々に出社した夜のこと。
駅までの道を歩いていると、突如強い雨が降り出した。

私は反射的にビニール傘を開いた。

その瞬間、後ろから「ふふっ」と笑い声が聞こえた。

驚いて振り向くと、数メートル後方に、赤い傘の女が立っていた。

動けなかった。

彼女はゆっくりと、こちらに歩いてくる。
顔は傘の陰になって見えない。

だが、ある瞬間、街灯の光でその顔がはっきりと見えた。

真っ白な顔に、黒い穴のような目。口は裂けるように笑っていた。

私は叫びそうになりながら走った。
足をもつれさせながら、なんとか駅にたどり着いた。

それ以来、私は雨の日に外を出歩くのをやめた。
傘も使わない。
雨が降りそうな日は、予定をすべてキャンセルする。

なぜなら、今でも思い出すのだ。

あの夜、彼女が近づいてきたときに言った、ひとこと。

「やっと見つけた」

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