最後のチャイム

私が通っていた中学校には、妙な噂があった。

──夜の9時に、校舎のチャイムが鳴る。

もちろんそんな時間に授業はないし、校内には誰もいない。
でも、確かにチャイムの音だけが響くという。

私は当時、その話を半信半疑で聞いていた。
しかし、ある日、実際に体験することになった。

中学3年の夏休み。
私は文化祭の劇の準備で、数人の仲間と放課後も学校に残っていた。
その日は最後まで作業をしていたら時間が押して、解散したのは夜の8時40分を過ぎていた。

「ヤバ、もうこんな時間だ」

慌てて荷物をまとめ、校門へと向かう途中。
私はふと思い出した。

──9時にチャイムが鳴る、って話。

校舎の外から聞こえるという話もあったし、ちょっとだけ待ってみようと思った。

他のメンバーは先に帰っていったので、私は一人、正門前のベンチに座って空を眺めた。
セミの声も止んで、辺りは静まり返っていた。

8時59分。
あたりはもう真っ暗で、校舎の窓はどこも黒く閉ざされている。

そして——9時ちょうど。

「キーンコーンカーンコーン……」

聞こえた。
確かに、校舎の中からチャイムが鳴った。

私は息を飲んだ。
時間通りに鳴るチャイム。
でも校内には、誰もいないはず。

そのときだった。
校舎の2階、教室の明かりが一瞬だけ点いたのだ。

点いたと思ったら、すぐに消えた。
何かの誤作動かと思っていたが、その教室の窓に──誰かが立っていた。

制服姿のようだった。
こちらをじっと見ている気がした。

「先生……? 残ってたのか?」

そう思って校門を出ようとした瞬間。

「おーい……」

背後から声がした。

驚いて振り返ると、誰もいない。

さっきまで誰かがいたはずの窓も、真っ暗なままだった。

急に心臓がバクバクしてきた。

怖くなった私は、足早にその場を離れた。

翌日、部活仲間にその話をしたが、誰も信じてくれなかった。

ただ、帰り際に一人の友人が小声でこんなことを言った。

「実は、あの教室……前に飛び降りがあったんだよ」

「え?」

「数年前、3年生の男子生徒が、あの窓から飛び降りて亡くなったんだって。
文化祭前の準備で残ってて、最後まで一人で残ってたらしい。
その後……毎年、文化祭の準備の時期になると、“最後のチャイム”が鳴るって噂、広まったんだよ」

私は凍りついた。

文化祭の準備。
最後まで残っていた生徒。
チャイムが鳴る時間。

──そして、私が見た制服姿の誰か。

後日、その教室に行ってみた。
窓辺に立つと、ちょうど私がいた校門のベンチが見える位置だった。

ここから、私のことを“誰か”が見ていたのか。

ふと、足元に何かが落ちているのに気づいた。

それは、焦げ茶色の古びた名札だった。
拾い上げると、名前の欄にこう書いてあった。

「藤崎 直人」

私はその名前に覚えがなかったが、念のため卒業アルバムを調べてみた。

そこには、確かにいた。
数年前の卒業生。
文化部所属、3年3組、死亡者として備考欄に記載されていた。

あの夜、最後のチャイムとともに現れた“彼”は、
──今でも、文化祭の準備が終わるのを待っていたのかもしれない。

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