鍵を開けたのは、私じゃない

都内の1Kマンションに引っ越してきたのは、仕事の都合だった。
職場まで徒歩15分という立地に惹かれて決めた物件は、築20年だが小綺麗で、オートロックもついている。
家賃も手頃で、特に問題はなかった。

最初の異変は、引っ越してから3日目の夜に起こった。

23時過ぎ、ベッドに入ってスマホを見ていた私は、玄関のドアノブが「カチャ」と動く音を聞いた。
一瞬、気のせいかと思ったが、次に「ガチャ……カチャ……」と、誰かが鍵を開けようとしているような音が続いた。

私は息をひそめ、玄関方向をじっと見つめた。

オートロックのエントランスがあるのに、誰かが部屋の前に立っている?
鍵は確かに閉めたはずだ。

数十秒後、音は止んだ。
ドアスコープを覗いても誰もいない。
廊下も静まり返っていた。

翌日、念のため管理会社に連絡し、鍵の不具合がないかを確認してもらったが、特に異常はなかった。

「たまたま、間違えた人がいたのかも」
そう思い、あまり気にしないようにした。

だが、それから数日おきに、同じようなことが続いた。

決まって夜の23時から0時の間に、誰かがドアノブをいじるような音が聞こえるのだ。
一度など、「カチャ」と明らかに鍵が半回転する音がした。

怖くなって、ドアに補助錠を取り付け、スマートロックの記録を確認してみた。
すると、驚くことに私が操作していない時間帯に、「解錠済み」と表示されていた記録が、数件残っていた。

私は一人暮らしで、合鍵を誰かに渡したことはない。
当然、解錠履歴は私のスマホからの操作だけのはずだ。

もしかして、誰かが不正にアプリにアクセスしている?

不安になり、スマートロックのパスワードを変更し、アカウントも作り直した。

その夜は、何も起きなかった。

だが翌週の金曜、仕事から帰ると、玄関の様子に異変があった。

ポストの中に、1枚の紙切れが入っていたのだ。

それは手書きのメモで、こう書かれていた。

「鍵、変えたんだね。」

血の気が引いた。
これは偶然じゃない。
間違いでも、勘違いでもない。

明らかに、私の部屋を狙っている誰かがいる。

その夜から、私は部屋のあちこちにセンサー式のアラームを取り付け、窓も全部施錠した。

一週間が経ち、ようやく落ち着いてきた頃だった。

ある深夜、トイレに起きた私は、何気なく玄関のほうを見た。

ドアの下から、細い金属の棒のようなものが差し込まれていた。

ぞっとして動けずにいると、それはスッと引っ込んだ。

私は翌朝すぐに警察に通報した。
だが、防犯カメラには写っておらず、「証拠がない」とのことで被害届も受理されなかった。

結局、私はその部屋を出て、別の物件に引っ越した。
管理会社には事情を話したが、「過去に似たような苦情はなかった」と言われただけだった。

ただ、最後に引っ越し作業をしていたとき、ふと下駄箱の上に目をやった。

いつも通り閉めたはずの箱の上に、何かが置かれていた。

それは、私の部屋の古い鍵だった。
引っ越した時に返却したはずの、初期のシリンダーキー。

なぜ、それがここにあるのか、私には今もわからない。

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