私は都内の中学校で事務員として働いている。
教師ではないが、職員室の片隅に机があり、生徒や先生と日々顔を合わせる。
ある日、3年生のクラス担任の先生が、卒業式の準備で忙しそうにしていた。
校内は年度末でバタバタしており、事務作業も山のようにあった。
その日の放課後、私は誰もいなくなった教室を確認して回っていた。
生徒の忘れ物や教室の電気、窓の施錠などをチェックするのも私の仕事の一つだ。
3年3組の教室に入ると、机の上に1冊の卒業アルバムが置かれていた。
「あれ?もう配ったのかな?」
その時は何も気にせず、アルバムを持って職員室に戻った。
次の日、担任の先生にそのことを伝えると、驚いた顔で言った。
「え?卒業アルバムは来週配布なんだけど…それ、本物ですか?」
職員室で開いてみると、確かに本物そっくりの装丁だった。
だが、中を開くと何かがおかしかった。
どの写真も顔が一部切れていたり、目線が外れていたりしている。
ページの端には、赤いペンで何かが書かれていた。
「ミツケタ」
「ココニイル」
「オボエテル?」
手書きの文字だった。
中ほどのページには、クラス写真が載っていた。
そしてその写真の一番端――黒い影のようなものが、ピースサインをして写っていた。
「……これ、誰?」
先生と顔を見合わせた。
次の瞬間、廊下のほうで机が倒れるような大きな音が鳴った。
慌てて外に出たが、誰もいない。
教室を確認しても異常はなかった。
その後、アルバムは校長先生に預けることになったが、数日後――消えていた。
校内の監視カメラにも、誰かが持ち去った様子は映っていなかった。
それからというもの、3年3組の周辺では妙なことが続いた。
誰もいないはずの教室の明かりがついていたり、朝になると黒板に謎のメッセージが書かれていたり…。
「まだ、いるよ」
「わすれないで」
生徒の間では、ある噂が広がっていた。
――3年3組には、本当は32人目の生徒がいたのではないか、と。
だが、卒業アルバムには31人しか載っていない。
「もう1人いたでしょ? あの、いつも教室の隅にいた…」
ある女子生徒がそうつぶやいたという話も耳にした。
けれど、どの名簿にも“32人目”の名前は載っていなかった。
そして今年もまた、卒業式が近づいてきた。
私はふと、資料室の奥に置かれた書類の中から、古い名簿を見つけた。
そこには、数年前の3年3組のクラスリストが。
その最後に――赤ペンで消された名前があった。
「水野 美月」
知らない名前だった。
けれど、私はどこかでその名前を見た気がした。
思い出してはいけないような、でも思い出さなければならないような気がして――
私は、卒業アルバムのコピーを探し始めた。
あの「忘れ物」は、本当は何を伝えたかったのだろうか。
解説
この話の本当の怖さは、「32人目の生徒」が忘れられたまま存在していたこと。
「卒業アルバム」は来週配布の予定なのに、すでに“誰か”がそれを手にしていた。
そのアルバムには、水野美月という本来載るはずの生徒の痕跡がある。
おそらく彼女は過去に亡くなったか、何らかの理由で存在を「消された」生徒。
それでも、自分の存在を誰かに思い出してほしくて、「アルバム」という形で現れた。
彼女は、まだ教室の隅に――いる。
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