大学時代、教育実習で訪れたある田舎の中学校。
築50年は経っているという古びた校舎は、どこか空気が重たかった。
担当になったのは2年生のクラス。明るい子が多く、授業も順調に進んでいた。
だが、ある日、女生徒の一人から奇妙なことを聞いた。
「先生、旧館って知ってますか?」
旧館とは、かつて使われていたという木造の旧校舎で、現在は立入禁止。
廊下を挟んで現校舎の窓から見える場所に建っていた。
「夜になると、誰もいないはずのその教室に人が立ってるんです」
最初は冗談だと思って流した。
だが翌日。職員室でその話をすると、年配の先生がこう言った。
「旧館の教室には、昔亡くなった教師がいてね。夜になると、教壇に立つって噂があるんだよ」
その晩、ふとそのことを思い出し、校舎の3階から旧館を眺めてみた。
窓の向こう。確かに、教壇らしき位置に人影が立っていた。
それも……こちらを見ている。
気のせいだと思いたかったが、その翌日から異変が起こった。
朝、教室に行くと黒板にこう書かれていた。
「次はあなたの番です」
誰かのイタズラかと思ったが、他の教師や生徒に聞いても知らないと言う。
さらに数日後。実習の最終日に近づいたころ、昼休みにひとり職員室で資料をまとめていた。
そのとき、窓の外に動くものが見えた。
見ると、旧館の2階の窓から、誰かがこちらに手を振っている。
逆光で顔は見えない。でも、どこか教師らしい姿だった。
怖くなって窓から離れようとした瞬間、後ろから声が聞こえた。
「次は、あなたの番ですよ」
振り返っても誰もいない。
実習最終日。生徒たちに見送られながら学校を後にしようとしたとき、ふと旧館を見ると――
その教壇に、白衣を着た“自分”が立っていた。
顔ははっきり見えなかった。だが、確かに“自分”だった。
以後、その中学には行っていない。だがあの旧館には、今も誰かが立っている。
「次の番」の教師として。
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