一人暮らしを始めて半年。
アパートの隣の部屋には中年の男性が住んでいた。ほとんど顔を合わせることはなかったが、すれ違えば軽く会釈する程度の、普通の関係だった。
ある日、夜遅く帰宅すると、自分の玄関ドアに紙が貼られているのを見つけた。
《あなたの物音がうるさい。夜中に歩き回らないでください》
手書きの文字。筆圧が強く、なぜか妙にぞっとした。
気をつけようと思いつつ、内心は納得がいかなかった。夜中に帰宅することはあっても、別に騒いでいた覚えはない。
次の日、また貼られていた。
《深夜の物音、やめてください。警察を呼びます》
今度は赤ペンで書かれていた。怒りを感じているのかもしれないが、一方的すぎて不気味だった。
仕方なく、隣人に直接謝りに行くことにした。
インターホンを押すと、しばらくして扉のすき間から男性が顔を出した。
髪はボサボサ、目の下にクマ。寝不足のようだった。
「夜に物音がして不快にさせてしまったなら申し訳ありません」と伝えると、彼は一瞬黙ったあと、小さな声で言った。
「……あなた、夜中に誰か連れて帰ってるでしょう?」
「え?」
「女の人。笑い声とか、足音がする。何人も……入ってきてるんだよ」
身に覚えがなかった。
「一人暮らしですし、誰も呼んでないですよ」
そう答えると、彼は顔をしかめてドアを閉めた。
それから数日、張り紙はなくなった。
ある晩、帰宅途中にアパート前にパトカーが止まっているのを見かけた。
嫌な予感がして部屋に戻ると、大家から連絡があった。
「隣の住人が……亡くなっていたそうです」
死因は不明。室内で倒れていたとのこと。
その後、警察が調べたメモが報道で一部取り上げられていた。
《隣の部屋から何人もの気配がする》《笑い声がする》《女の足音が壁越しに響く》《誰かが見ている》
……彼は何を見ていたのか。
それとも、本当に“見てしまった”のか。
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