僕の住むアパートには、昔から妙な噂があった。
「午前二時にチャイムが鳴ると、誰かがいなくなる」
くだらない都市伝説だと思っていた。
けれど実際、過去にこのアパートで失踪した住人が何人かいたらしい。管理人もはっきりとした原因は分からないと濁すばかりだった。
そんな話をすっかり忘れていたある夜、寝る前にふと目覚ましを確認すると、ちょうど1時55分だった。
何気なく時計を見ながらボーッとしていると、
「……ピンポーン」
チャイムが鳴った。
心臓が跳ねた。まさか、と思いながら玄関を覗きに行く。ドアスコープから外を見ると、誰もいない。
いたずらかと思い、無視して布団に戻ろうとした瞬間──
「……ピンポーン……」
再び鳴った。今度は少し長めに。
気味が悪くなり、テレビを点けた。すると、画面は砂嵐で何も映らない。部屋全体が妙に静かで、時計の音だけがやけに大きく聞こえた。
午前二時ちょうど。
「ピンポーン……」
三度目のチャイム。
恐る恐るドアを開けた。外には誰もいなかった。ただ、ドアの前に白い紙が一枚、置かれていた。
『つぎは あなたの番です』
急いで管理人に電話をかけようとしたが、圏外表示になっていた。電波が入らないはずのない場所で、何度試しても繋がらない。
部屋の明かりが一瞬、ふっと消えた。
そして、静寂の中、背後で何かが動く気配がした。
振り返ると、そこには誰もいないはずの玄関の鏡に、僕の背中と、もう一人──知らない誰かの影が映っていた。
叫び声をあげて部屋を飛び出し、夜明けまで近くのコンビニで過ごした。
朝になって戻ると、何もなかったように部屋は静まり返っていた。だが、ドアの外にはまだ、あの紙が貼られていた。
『つぎは あなたの番です』
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