見知らぬ名前の表札

大学2年の春、格安のシェアハウスに引っ越した。
築年数は古いが、広いリビングと共用のキッチン、各自の個室がある造りで、住人は全部で5人。初対面ながら皆気さくで、すぐに打ち解けた。

ただ、ひとつだけ奇妙なことがあった。

その家には「使われていない部屋」が一つあったのだ。

間取り上は6部屋あるのに、実際に使われているのは5部屋だけ。残りの一室はいつも鍵がかかっており、誰も近づこうとしなかった。

ある晩、リビングで住人の一人と飲んでいたとき、思い切って聞いてみた。

「あの空き部屋、なんで誰も使わないの?」

彼は一瞬だけ言葉に詰まり、苦笑しながらこう答えた。

「ああ……あそこ、ちょっと曰く付きでさ。昔、住んでた人がね、突然いなくなったんだよ」

詳細を聞こうとしたが、話を濁され、それ以上は教えてもらえなかった。

それから数日後の深夜、トイレに行こうと廊下に出ると、例の部屋の前に人影があった。こちらに背を向けて立っている。

「こんな時間に誰だ?」

声をかけようとした瞬間、ふっとその影が部屋に吸い込まれるように消えた。驚いて近づくと、ドアは固く閉ざされたまま。鍵もかかっていた。

翌朝その話をすると、皆一様に顔を曇らせた。

その夜、眠っているとガチャリという音で目が覚めた。廊下の方からだった。部屋を出てみると──例の空き部屋のドアが開いていた。

恐る恐る覗くと、中は埃っぽく、家具は何もなかった。ただ、部屋の中央に、カッターナイフと何枚かのポラロイド写真が落ちていた。

その写真には、僕の寝顔が写っていた。

翌朝、警察に通報したが、部屋は再び鍵がかけられており、写真もナイフもなくなっていた。

そしてシェアハウスの誰もが口を揃えて言った。

「……そんな部屋、最初からなかったよ」

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