見知らぬ名前の表札

就職して3年目の春、会社の近くに引っ越した。

内見のときから、どこか薄気味悪さを感じてはいたが、家賃の安さと立地に惹かれ、深く考えずに契約した。

引っ越し当日、玄関の表札に気づいた。
「佐々木」と書かれていた。

前の住人のものかと思い、不動産会社に連絡したところ、「表札はすでに外されているはず」との返答。おかしいなと思いながらも、自分の名前に張り替えることにした。

だが翌朝、また「佐々木」の表札に戻っていた。

最初は風で剥がれたのかと思い、再び貼り直した。けれど、次の日もまた「佐々木」。

それが1週間続いた。

ある晩、仕事帰りに玄関を開けると、家の中が妙に冷たかった。まるで誰かがずっと中にいたような気配が漂っていた。

台所に行くと、見覚えのない湯飲みが置かれていた。

僕は誰も招いていない。

恐ろしくなってすぐに警察を呼んだが、侵入の形跡はないと言われた。ただ、ひとつ奇妙なことを言われた。

「この部屋……2年前に佐々木って方が亡くなってるね。心不全だって。見取りもなくて、しばらく放置されてたらしいよ。」

背中がぞっとした。

それ以来、夜中に物音がするようになった。コツ、コツ、と玄関を叩く音。

ある日、意を決して深夜の2時、音のする方へ向かった。玄関には誰もいなかったが、ドアの内側にまた「佐々木」の表札が貼られていた。

──もう、誰かが住んでいるらしい。

しかも、それは僕ではない。

僕はすぐに引っ越した。

数ヶ月後、ふと気になってあの部屋の前を通った。

表札は……やはり「佐々木」のままだった。

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