隣人のメモ

大学進学を機に、一人暮らしを始めた。

築年数は古いが広めのワンルームで、家賃も格安だった。駅からも徒歩5分。条件は文句なしだったが、ひとつだけ気になることがあった。

隣の部屋の住人が、異様に静かだったのだ。

物音ひとつしない。ドアの開閉音すらない。昼夜問わず、まるで空き部屋のようだった。

不動産会社に確認したところ、「高齢の男性が一人で住んでいます」とのこと。少し気味が悪かったが、静かなのはむしろ助かると思い、深くは考えなかった。

ある夜、玄関のポストに紙が挟まっていた。

『夜中にうるさい。もっと静かにしてくれ。』

確かにその日は友人が来て、少し騒いでしまった。申し訳なく思い、翌朝、菓子折りを持って隣室を訪ねた。

チャイムを押しても応答がない。

仕方なくドアノブに袋を掛け、「昨夜は失礼しました」とメモを添えて帰った。

それから数日後、またポストに紙が入っていた。

『静かにしろと何度言えばわかる。次は許さない。』

背筋が寒くなった。最初のメモ以降、物音に気を遣い、ほぼ無音の生活を心がけていたのだ。

その晩、眠れずにいると、壁の向こうからかすかな音が聞こえた。

「……聞こえてるぞ……聞こえてる……」

低く、かすれた声だった。壁に耳を当てると、はっきりとした囁きが続いていた。

怖くなって翌日、管理会社に再確認を求めた。返ってきた答えに言葉を失った。

「隣の方は……1ヶ月前に亡くなられていますよ。孤独死で、発見されたのは数日後でした。」

ドアは鍵がかけられたままで、誰も入っていないとのことだった。

じゃあ、メモは誰が?

その日の夜、ポストを開けると、新しい紙が入っていた。

『うるさい。静かにしてくれ。生きてるのがうるさい。』

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