引っ越してきたのは、3階建てアパートの2階の角部屋だった。
家賃も安く、駅からも近い。唯一の不安は、両隣にどんな人が住んでいるかわからないことだった。
右隣の部屋には40代くらいの男性が住んでいるようだった。
顔を合わせたのは引っ越し初日の挨拶くらい。無愛想で、目を合わせようともしなかった。
それ以降、彼と会うことはなかった。
だが、毎晩のように壁越しに何かが聞こえてくるようになった。
──カリカリ……カリカリ……
何かを紙に書いているような音。
テレビもつけていない静かな夜に、それは不気味なほどはっきり聞こえてきた。
ある日、深夜2時過ぎに目が覚めた。
その音が、あまりにしつこく続いていたからだ。
「こんな時間に……」と壁に耳を当ててみた。
すると、書く音に混じって、何かを“読み上げる声”が聞こえた。
「……左隣の女、今日の服は……青。食事は……コンビニ弁当。窓を開けて……午後3時。外出は……午後6時半……」
それは、私の行動を記録している内容だった。
背筋が凍った。
慌ててスマホを手に取り、録音を始めたが、声はすぐに止まった。
次の日、念のため管理会社に相談し、部屋の状況を説明した。
数日後、管理会社から連絡があった。
「右隣の方は先週退去されていて、今は空室です。……何かの聞き間違いでは?」
私は恐怖のあまり、すぐに引っ越しを決意した。
荷造りの最中、ポストに一通の封筒が入っていた。
中には一冊のノート。
そこには、私の生活の記録が事細かに綴られていた。
最後のページだけ、違う筆跡で、こう書かれていた。
《次の部屋でも見守ってるよ》
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