隣人のメモ

社会人1年目、会社の近くにある築浅のマンションに引っ越した。
オートロック、宅配ボックス付き、駅から徒歩5分。文句なしの物件だった。

唯一の気がかりは、隣人の存在だった。
一度も顔を見たことがなかったのだ。

毎朝出勤時、ポストの前で会いそうになるのだが、いつもギリギリで鉢合わせにならない。
靴音や生活音も一切しない。まるで空き部屋のようだった。

そんなある日、ドアポストに奇妙な紙が挟まっていた。
白紙にボールペンでこう書かれていた。

「部屋、間違えていませんか?」

差出人の名前はない。裏も白紙。
誰かの悪戯かと思い、気にせず破って捨てた。

だが次の日もまた同じ場所にメモが。

「私の部屋に入ってきましたよね?」

ゾッとした。
もちろんそんなことはしていない。
オートロックで、隣室に入ることなど物理的に無理だ。

気味が悪くなり、管理会社に相談してみたが、「入居者同士のトラブルには介入できません」との返答。
仕方なく、ポストに防犯カメラを設置することにした。

その夜、映像を確認して凍りついた。

午前2時43分。
白いパーカーの人物が、俺のポストにメモを挟む様子が映っていた。

顔はフードで隠れて見えない。だが、動きがどこか“知っている人”に似ていた。

翌朝、出勤しようとしたとき、ドアノブにもう一枚メモがぶら下がっていた。

「今度、部屋の中に入らせてもらいます」

警察に相談しようかと悩んだが、直接的な被害はまだない。
通報しても「証拠不十分」と言われそうだった。

その夜、部屋にいるとインターホンが鳴った。
モニターを確認すると、誰も映っていない。

だがその直後、壁越しに「聞こえてるんでしょ……」という女性の声がかすかに聞こえた。

いても立ってもいられず、壁をドンドンと叩いて「警察呼びますよ!」と叫んだ。

しばらく沈黙があり、その後、静かになった。

翌朝、管理会社に再度相談し、隣人の身元を尋ねると「そちらの隣室は、半年以上空室ですよ」と言われた。

ぞっとして部屋に戻ると、ポストには最後のメモが届いていた。

「じゃあ、誰があなたの部屋に入ってるの?」

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次