私が大学生のとき、都内の安アパートで一人暮らしをしていた。
築30年の木造2階建てで、壁は薄く、隣室の咳払いすら聞こえてくるような場所だったが、家賃が安いので特に不満はなかった。
ある日の深夜、午前2時過ぎ。
ウトウトしていると、「ピンポーン」というチャイムの音で目が覚めた。
こんな時間にインターホンを押すなんておかしい。
ドアスコープから外を確認したが、誰の姿もなかった。
悪戯かと思い、再び布団に入った。
しかし、その翌日も、さらにその翌日も、同じような時間にチャイムが鳴った。
毎回確認しても、外には誰もいない。ポストにも何も入っていない。
大家に相談したが、「うちのインターホンはセンサー式じゃないから、押さなきゃ鳴らない」とのことだった。
ある晩、気味が悪くなり、スマホで録画を回しながら寝ることにした。
午前2時ちょうど。やはりチャイムが鳴った。
飛び起きてドアを開けようとした瞬間、スマホの画面に通知が来た。
「録画が停止されました」
意味が分からず、手動で録画を確認すると、そこには奇妙なノイズと、かすかな女性の声のようなものが混じっていた。
何度か再生して耳を澄ませると、声はこう言っていた。
「……開けて……開けてよ……いるんでしょ……」
その夜は恐怖で眠れなかった。
次の日、念のため管理会社に録画を送って確認してもらったが、先方は「ノイズ以外何も聞こえませんね」と返してきた。
さらに数日後のこと。
友人が遊びに来たとき、何気なくそのチャイムの話をすると、彼はふと顔を曇らせた。
「お前の部屋って、前に住んでた人が……知ってるか?」
私は首を振った。
友人が言うには、1年前、この部屋に住んでいた女性が、深夜に何度もインターホンを鳴らされていたという。
警察にも相談したが、相手は映らない。証拠も残らない。
やがて彼女は精神的に追い詰められ、部屋の中で命を絶ったらしい。
「その話、ネットで見た気がする。部屋番号まで一致してたと思う」
そう言って、友人は自分のスマホで検索を始めた。
だが──なぜか、その記事は削除されていた。
キャッシュも、記録も、何も残っていなかった。
それ以来、私はチャイムが鳴っても絶対にドアを開けないようにしている。
今も、時折──午前2時になると、「ピンポーン」という音が鳴る。
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