小学生の頃、僕には「ユウタ」という友達がいた。
同じクラスで、家も近く、毎日のように放課後は一緒に公園で遊んでいた。
ユウタは少し大人しい性格だったけど、いつも優しくて、僕の話をよく聞いてくれる子だった。
家の話はあまりしなかったが、ある日、初めて「今度、家に遊びに来てよ」と誘ってくれた。
指定された住所は、商店街の裏手にある古びたアパートの2階。
建物は全体的にくすんでいて、壁にはヒビが入り、階段の手すりも錆びていた。
ドアを開けると、ユウタのお母さんらしき人が出迎えてくれた。
しかし、その人は笑顔もなく、目の焦点がどこか定まらないような雰囲気で、僕は言い知れぬ不安を感じた。
部屋の中は薄暗く、カビ臭い空気が漂っていた。
ユウタの部屋も整ってはいたが、どこか生活感がなかった。
その日は特に何も起こらず、数時間遊んで帰った。
けれど翌日から、ユウタが学校に来なくなった。
最初のうちは「風邪かな」くらいに思っていたが、1週間、2週間と経っても姿を見せない。
担任の先生に聞いても、「転校したのかもしれないね」とだけ言われた。
クラスメイトに「ユウタどうしたんだろうね?」と聞いても、「誰それ?」と怪訝な顔をされる。
そんなはずはない。みんなで一緒に遊んだはずなのに。
いつしか、僕もだんだんユウタのことを話すのをやめた。
そして10年後、大学に進学して別の町に引っ越したときのこと。
ある日、夕暮れの商店街を歩いていると、妙な既視感を覚えた。
ふと路地裏に目をやると、そこにあったのは、あの古びたアパート。
階段の形、錆びた手すり、そして2階の右端の部屋。間違いない。
なぜか、そこに引き寄せられるように歩みを進めてしまった。
そして、ふと見上げたその瞬間。
2階の窓から、誰かがこちらを見下ろしていた。
目を凝らすと、そこに立っていたのは──
小学生の頃とまったく変わらないユウタだった。
成長していない。10年前の姿そのままだった。
信じられず階段を駆け上がり、2階のその部屋の前まで行った。
しかし、ドアには「空室」と書かれたプレートがぶら下がり、中はがらんどう。埃が積もり、誰も住んでいる気配はなかった。
玄関横のポストを見ると、そこにうっすらと書かれていた名前。
「ユウタ」
その文字だけが、古びた表札に薄く残っていた。
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