ある山奥に、すでに使われなくなった診療所がある。
地元では有名な肝試しスポットで、「白衣の医者が今も出る」と噂されていた。
大学時代、夏休みに友人4人とその診療所を訪れた。時刻は夜の11時を過ぎていたが、あえて暗い時間を狙って来たのだ。
入り口の木製の扉は外れかけており、わずかに開いていた。
懐中電灯を手に、僕たちは順番に中へ入った。
中は湿気とカビの臭いでむせ返りそうだった。
床には割れたガラス、錆びた器具、破れたカルテが散乱している。
診察室の奥には、古びた手術台とライトが今も残っていた。
ふと、友人のひとり・坂口が立ち止まり、小さな声で言った。
「…今、誰か立ってた」
皆が一斉にライトを照らすが、そこには誰もいなかった。
「気のせいだよ」と笑いながらも、誰もが内心ざわついていた。
早々に写真を数枚だけ撮り、診療所を出ようとしたそのとき。
「ガンッ!!」
ものすごい音がして、建物の奥から何かが倒れた。誰もそこには近づいていなかったはずだ。
全員が無言で目を合わせ、我先に出口へ駆け出した。
車に乗り込もうとした瞬間、屋根に「ドンッ」と重い何かが落ちる音。
「おい、見ろ!!」
後部座席の窓越しに、白い影がフロントガラスの前をスーッと通っていった。
慌ててエンジンをかけ、猛スピードで山道を下った。
その晩は全員無言だった。
翌日、撮った写真を確認していたら、異変に気づいた。
診療所の前で撮った集合写真。5人のはずが、6人写っていた。
一番端に、白衣姿の“何か”が立っている。
顔は写っていない。いや、顔がないのだ。
写真はそのまま焼いて処分した。
しかし1週間後、僕の部屋のポストに白い封筒が届いた。差出人はなかった。
中には、あの写真と──
「また来てください」というメモが入っていた。
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