カンカン石

祖母の住んでいた田舎の家には、変わった風習があった。

その家の裏には、小さな祠と丸い石がひとつだけ置かれていて、
近所の人たちはそれを「カンカン石」と呼んでいた。

昔からこの村では、「カンカン石に触れてはいけない」という決まりがあった。
理由を尋ねても、祖母ははぐらかしてばかりで、はっきりとは教えてくれなかった。

ある年の夏、祖母が体調を崩し、俺と妹で数日間手伝いに来ていた。
蒸し暑い夜、縁側で妹と話していると、カン……カン……と、乾いた金属音が聞こえた。

「なにあれ?」

妹が首を傾げる。
音は祠の方からだ。

俺たちは懐中電灯を持って、こっそり裏手に回った。

祠の前にある丸い石──その上に、小さな金槌が置かれていた。

「誰かが、叩いたのか……?」

辺りを見回したが、人の気配はなかった。

翌朝、祖母にそれを話すと、険しい顔になった。

「絶対に、石に触ってはダメ。あの音を聞いたら、その日は外に出てはいけないよ」

そう言って、玄関の鍵と窓をすべて閉めてしまった。

その日の夜、またカン……カン……と音がした。

音は少しずつ大きくなっていく。

その時、廊下を歩く音が聞こえた。
足音はふたつ。ゆっくり、ぎこちない歩き方だった。

襖の隙間からそっと覗くと、背の低い影と、背の高い影が並んで歩いていた。

それは俺たちの部屋の前まで来ると、ぴたりと止まった。

次の瞬間、襖がカタ……とわずかに揺れた。

心臓が跳ねた。

だが、それだけだった。

影は音も立てずに引き返していった。

朝になって、玄関の外に出ると、門の前に小石が二つ並んで置かれていた。

妹が言った。

「……あれ、私たち?」

祖母に聞いても、答えてはくれなかった。

最終日、帰る朝に祖母が小さな紙包みを渡してきた。

中には塩と、米粒が数粒。

「これを家に帰ったら玄関に撒きなさい。忘れないで」

数年後、祖母が亡くなり、家は取り壊された。

「カンカン石」は撤去されたらしいが、それ以来、村では毎年ひとり、
不審な失踪者が出るようになったという。

今でも、夏になるとあの音が耳の奥に残る。

カン……カン……と、呼ぶように──

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