その家は、挨拶をすると返してくれる家だった。
会社の後輩・仁志が新築の一軒家を購入したということで、週末に遊びに行った。
郊外の住宅街にあり、周囲も静かで落ち着いた雰囲気だった。
仁志は「いい土地が手に入った」と嬉しそうに話していた。
そして俺にこう言った。
「この家、挨拶すると返ってくるんすよ。ちょっと面白くないですか?」
冗談だと思って笑っていたが、仁志は真顔で言う。
「たとえば、“ただいま”って言うと、“おかえり”って返ってくるんです。声で。しかも、人の声じゃないんですよ。なんていうか……空気の振動みたいな声っていうか」
俺は「それ怖いだろ」とツッコミつつ、にわかには信じられなかった。
だがその夜、泊まることになった俺は、試しに玄関で言ってみた。
「ただいまー」
……少しの沈黙のあと、リビングの奥の方から、
**「おかえり」**という音が確かに返ってきた。
確かに“音”なのだが、まるでスピーカー越しのように平板で、感情のない、機械的な返事だった。
ぞわっと背中に鳥肌が立った。
「すげえな」と言いながらも、どこか不気味な違和感がぬぐえなかった。
仁志はそれを「家が馴染んでくれてる証拠だ」と笑っていたが、
夜、トイレに立ったときのことだった。
洗面所の鏡の前を通ると、「こんばんは」と聞こえた。
俺は何も言っていない。
リビングの明かりを点けても、仁志は寝ていた。テレビもPCもついていない。
「おかえり」ならまだしも、先に“あいさつされる”ってどういうことだ?
それがきっかけで、翌朝には不安が爆発して俺は帰ることにした。
数日後、仁志からLINEが届いた。
「あの家、やっぱり変です。今朝“いってきます”って言ってないのに、“いってらっしゃい”って返ってきました」
その後、仁志は仕事を早退し、そのままホテルに泊まったという。
そして、さらにその翌朝、またLINEが届いた。
「やばいです。“ただいま”って言ってないのに、“おかえり”って聞こえたんです。家じゃなくて、ホテルの部屋で」
今、その家は誰も住んでいない。
けれど近所の住人が言うには、深夜になると家の前から小さな声が聞こえるという。
「おかえり……おかえり……」
と、空気に染みこむような声で。
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