ベランダの向こうの顔

引っ越してきたばかりのマンションで、奇妙なことが起き始めたのは、5日目の夜だった。

東京郊外の新築物件。1LDKでオートロック、防音も完璧、築浅で家賃も安い。
「これは掘り出し物だ」と思った俺は即決で契約した。
初日は静かすぎて逆に落ち着かないほどだった。

5日目の夜、いつもどおり風呂を済ませ、スマホで動画を観ながらソファに横になっていた。
ふと、ベランダ側のカーテンの隙間に何か“気配”のようなものを感じた。

視線を向けると、カーテンの隙間の奥、ガラス戸の向こうに何かがある。

スマホのライトをつけて立ち上がり、そっと近づく。
すると、ガラスの外に“誰かの顔”がぴったりと張りついているのが見えた。

それは、血の気が失せたような真っ白な顔。
目は大きく見開かれ、唇はかすかに震えていた。
でもなぜか、その顔の“目線”はまっすぐ俺を見ていない。
ほんの少しだけ、俺の肩の後ろあたりを見ている。

心臓がバクバクと音を立てた。
だが気を強く持ち、カーテンを開けて「誰だ!」と怒鳴った。

……そこには、何もいなかった。

ベランダには誰もいない。窓も閉まっていて、鍵もかかったままだ。
俺はそのまま一晩中、電気をつけて寝た。

それからというもの、夜になるとベランダの向こうに“顔”が現れるようになった。

毎晩、ガラス越しにじっと見つめてくる。
だが、決して目が合うことはない。あくまで俺の“後ろ”を見ている。

気味が悪くなって、霊感の強いという知人のAに部屋を見てもらった。

Aは部屋に入った瞬間、口元を固く閉じた。
そしてこう言った。

「たぶん……“外”じゃなくて、中にいるんだよ」

「え? でも、顔は窓の外に──」

Aは首を振った。

「あれは“ガラスに映ってるだけ”だよ。ずっと君の後ろにいるやつが、ガラスに反射してる」

それ以来、俺はベランダを見ることができなくなった。

部屋に一人でいるとき、ふと反射で見える“誰かの顔”を直視できなくなった。

引っ越しも考えているが、
どこへ行っても、この“顔”だけはついてくる気がしてならない。

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