隣の部屋の住人

大学進学を機に、一人暮らしを始めたアパートは、古びた木造2階建て。
家賃が安く、多少の生活音が響くのは覚悟のうえだった。

引っ越してしばらくして、気になることがあった。
夜中、隣の部屋から「うっ、うっ……」と、抑えたようなすすり泣きが聞こえることが増えたのだ。

最初は「失恋でもしたのか」と思っていた。けれど、毎晩、必ず決まった時間に聞こえるその声に、次第に不気味さを感じ始めた。
そして、ある夜、意を決して隣室の前に立ち、「大丈夫ですか?」と声をかけてみた。

しかし返事はない。
耳を澄ますと、すすり泣きは確かに中から聞こえる。

「……もしかして、倒れてるのか?」

不安になって管理人に相談し、鍵を開けてもらうことになった。
だが、ドアを開けた瞬間、そこには衝撃の光景があった。

――部屋は、空だった。家具も荷物も何もない。まるで誰も住んでいない部屋。

「ここ、しばらく空き家ですよ? 誰も入ってません」と、管理人は当然のように言った。

「でも、泣き声が……毎晩……」

戸惑っていると、管理人がふと眉をひそめた。

「ああ、そういえば……数年前、ここに住んでた若い女性が、夜中にうるさいって何度も苦情出しててね。
結局、自分の部屋の壁の向こうから声が聞こえるって言い張って……最後は精神的にまいって、突然引っ越したって話があったな」

怖くてその晩は眠れなかった。
しかし翌晩、いつもの時間になると……やはり聞こえてきた。

「うっ、うっ……うっ……」

あの空き部屋から。

壁越しに、私は布団をかぶって震えるしかなかった。

だがそれから数日後、状況が変わった。

泣き声は聞こえなくなった。
代わりに——今度は壁を爪で引っかくような音が毎晩聞こえるようになった。

しかも、その音は、日を追うごとにこちら側に近づいてくる。

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