2025年6月– date –
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写真立ての向き
僕の部屋には、小さな木製の写真立てがひとつある。 中には、小学校の卒業式の日に撮った、家族全員の写真が収められている。 その写真は、父と母、僕と妹、そして祖母の五人が玄関先に立ち、にこやかに笑っているものだ。 今はもう亡くなった祖母の姿... -
見守りアプリ
最近の子どもはスマホを持つのが当たり前らしい。 娘の学校でも、位置情報が共有できる「見守りアプリ」の使用が推奨されていた。 心配性の僕と妻も、早速そのアプリを導入した。 学校への行き帰りはもちろん、塾や遊びに行った先でも、地図上で娘の居... -
川辺の電話ボックス
僕の地元には、今ではあまり見かけなくなった「電話ボックス」が、ひとつだけ残っている。 それは、町外れの川沿いの土手の近くにぽつんと建っていて、使われている様子もなく、手入れもされていない。 ガラスは少し曇っていて、内部は薄暗く、外から覗... -
毎朝の挨拶
僕が通っていた小学校は、地方の山間にあり、全校生徒で60人程度の小さな学校だった。 家から学校までは徒歩15分ほど。登校途中に通るT字路の角には、古い家が一軒だけ建っていた。 その家には、おばあさんが一人で住んでいて、毎朝、家の前を通る僕... -
見守る隣人
大学に進学して、一人暮らしを始めたのは昨年の春だった。 家賃を抑えたくて選んだのは、築30年近い古いワンルームアパート。駅から徒歩15分、最寄りのコンビニまでは坂道を下らないといけない立地だ。 ただ、内見のときに対応してくれた管理人さんが... -
止まったエレベーター
その日は、仕事が押して帰宅が深夜になった。 同僚とのやりとりで気疲れしていた僕は、無言で電車に揺られながら、早く布団に倒れ込みたいと願っていた。 ようやく最寄駅に着き、閑静な住宅街を歩く。人通りもなく、街灯の下に自分の影が細長く伸びてい... -
戻った目
僕の部屋には、小さな棚がある。そこに古びたぬいぐるみが一体、置かれている。 白くて、くたびれたウサギの形。母が幼い頃に買ってくれたもので、捨てるタイミングを逃してそのままになっていた。 片目が取れかけ、耳もほつれていて、正直言って少し不... -
空き部屋の鍵
僕が大学2年のときに住んでいたアパートは、築30年近い古い木造だった。 安さに惹かれて選んだ物件で、風呂トイレ別で家賃は3万円ちょっと。周囲には学生が多く、特に不満もなかった。 隣の部屋──つまり「203号室」だけは、ずっと空き部屋のままだった... -
午後4時44分の訪問者
大学生の夏休み、僕は田舎の祖母の家に1週間ほど滞在することになった。 祖母はとても元気で優しい人だが、築80年を超える古い日本家屋には、やはりどこか独特の雰囲気があった。 滞在3日目の午後、縁側で本を読んでいた僕に、祖母が話しかけてきた。 ... -
ミカの給食
中学2年の春、僕のクラスに「ミカ」という名前の、少し不思議な女の子がいた。 彼女はどちらかというと無口で、目立たないタイプ。誰かとつるむこともなく、休み時間も机に座ってノートに何かを書いているような子だった。 でも、給食の時間になると少... -
同じ鍵を持つ男
私は大学を卒業してすぐ、郊外の賃貸マンションで一人暮らしを始めた。 新築ではなかったが、築10年ほどで清潔感もあり、なによりオートロック付きという点に安心感を覚えた。 引っ越し当初は何も問題なく、快適な生活を送っていた。 だが、ある日を境... -
赤い女の部屋
社会人2年目の春、私は念願だった一人暮らしを始めた。 都内では珍しい2DKで、築年数の割に家賃も安かった。 最初の内見のとき、部屋の空気はどこかひんやりしていた。 でも、日当たりも良くて間取りも悪くない。引っ越し業者の見積もりも取って、私は...